助けて
○ユイ
戦い始めて、どれくらいの時間が経った。
どれほど敵を斬った。
どれほど敵が残っている。
認識が聞かない。
三桁までは覚えているが、そこから先、どうやって戦っていたのかすら曖昧だ。
全力で身体を動かし続けたせいで、呼吸が間に合わず、頭が上手く回らなくなってきている。
もやがかかったように、敵の全貌が見えなくなってきている。
斬れば斬るだけ敵は減っているはずなのに、その実感がまるでない。
それどころか、ある瞬間から、明らかに敵が増員した。
ギルゲンゲからも軽口が飛ばなくなった。練技のキレも落ちている。
限界。
その二文字が、何度も、何度も、頭をよぎる。
だが、歯を食いしばり、口の端で泡を吐きながら、その二文字を斬り捨てていく。
今ユイが倒れれば、均衡が崩れギルゲンゲが死ぬ。
ギルゲンゲが死ねば、後ろの子分たちもすぐに魔物の餌食になる。
それが終わればルセニアの町が、その後は世界が闇に飲み込まれる。
十二年前の記憶が頭の中を駆け抜ける。
生まれた魔獣。眠れぬ夜。死んでしまった父。悲鳴以外残らなかった母。
闇に対する恐怖が、どんどん、どんどん、大きくなっていく。
涙がこぼれた。
負けたくない。
死なせたくない。
死にたくない。
助けて。
助けて、ミぃくん。
心のなかで思わず叫ぶ届くはずもない懇願は、あの日のままのユイの声。勇者が抱いてはいけない弱い心。
ミハルはいつだって、弱いユイの前に立ち、ユイを敵の魔の手から遠ざけてくれた。
ユイを連れて、夜を駆け抜け、昼まで連れて行ってくれた。
助けて。
助けて。
誰にも聞こえない悲鳴が、涙となって両目からあふれる。
闇に閉ざされていく現実の中で、それでもすがりたい希望の光として、ユイの心を抱きしめる。
「嬢ちゃん、伏せろぉ!!」
声に従い、身を低くする。頭上を斬撃がすり抜ける。
だが、身体を起こす力がない。
息が切れ、目が眩み、頭がガンガンと痛みながら白んでいく。
「に、げ」
せめて、ギルゲンゲに逃げてと叫ぼうとしても、声は届かない。
押し寄せる魔物の大群が、ユイの声を塗りつぶそうとする。
「欲望ぉぉぉぉおおおお!!! 大解放おおおおおおおおお!!!!」
「消え失せろぉぉぉ―――――――ッ!!!」
どこかから聞こえたその声。
その正体は、分からない。
ユイはそのまま。
「ユイちゃん!」
ぬかるんだ地面で溺れるように、気を失った。
○ミハル
「欲望ぉぉぉぉおおおお!!! 大解放おおおおおおおおお!!!!」
ムーシャがトウト戦で見せた威力上昇魔術もどきこと「欲望解放」。それを更に出力を上げた「欲望大解放」。
原理は不明だが、ムーシャが他者にふれることでマナを譲渡し、威力をぶち上げることが出来る技だ。
今度はその力で、「罠師の腕」による水霊の罠 (ぬかるみトラップだ)の威力を超拡大した。
町一つを飲み込むほどの深いぬかるみが広がり、地面を行く者全ての動きが止まる。
「魔王の翼」ヨミが操るのは死体だと聞いたミハルが奥の手として考えていた技だ。
死体系の魔物は、知能が低く自身の損傷に鈍感であるが故の弱点が存在する。
足を取られれば抜け出せずに無力化するという点だ。
自分で足を抜くことが出来ず、無理に動けば足がもげて機動力を失う。
これがぬかるみの罠の上ならば、足がもげて前に倒れればその後はぬかるみから抜けられずにひっそり消えていくことになる。
「ただの死体系魔物」と分かっていたからこその、これまでの経験と知恵で組み上げた奇襲だ。
「消え失せろぉぉぉ―――――――ッ!!!」
空を行く者は、ガルグのブーメランが刈り取っていく。
幽体系は剣などの攻撃を避けやすいが、ガルグの練技があれば別だ。
ガルグの練技がこもったブーメランは、幽体だろうとやすやす切り裂く。
周囲に飛んでいた幽体の魔物が身体を保てず霧消していく。
「ユイちゃん!」
ぬかるみに倒れ伏した少女を抱き上げる。
泥に汚れているが、その姿に間違いはない。ミハルの幼馴染であり、暁の勇者、ユイに違いない。
汚れきり、体を震わせ、涙を流すその姿が、今までの戦いの激しさを表していた。
「親父ぃ!?」
「ガルグかぁ!!」
それに、思いもしない増援が一団。ギルゲンゲ山賊団の面々だ。
喜色を浮かばせた声で山賊頭領ギルゲンゲが叫びながら、身動きの取れない魔物たちを殴り飛ばしていく。
ガルグは、ぬかるみに足を取られぬように魔物の頭を足場代わりに踏みつけながらギルゲンゲの横に着地、背を合わせて立ち、周囲の魔物を切り捨てる。
周囲から強い魔物の気配、動く魔物の気配がなくなったのを感じ取り、すぐにユイの状態を調べる。
意識はないが大きな傷は見られない。おそらく失神の直接の原因は「最善良」を出し続けたことによる疲弊が原因だろう。
「ムーシャ、回復!」
「……お腹、ぺこ、ぺこ……私、回復……ぺこ……」
「そのへんの魔物好きに食べていいから! 頼む!」
「食べ放題……えへ、へへ……」
ミハルの背に乗っていたムーシャが、口(腹)を顕にして、ぬかるみでもがく魔族たちをすごい勢いで次々飲み込んでいく。
さしものギルゲンゲも、その光景は予想外らしく、大剣を構えたまま「おぉ……?」とムーシャの食事を見つめていた。
「ちょっと元気でました。元気でろー、元気でろー」
手早く食事を済ませたムーシャが「元気でろー」といいながらユイに魔術もどきをかける。
少しずつだが、顔色は良くなっていった。




