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死の壁を切り崩せ

○ユイ


敵が見えた。

まるで地平に跨る壁のように、視界のほぼ全てが木々か敵かで埋まっている。

どこを見渡しても、腐乱した人間の死体のようなものや、幽体のようなものしか見えない。

これら全てが「爪」や「鱗」や「牙」ではないことにひとまず安堵し、そして胸がざわつく。


これだけの敵の中、どこかに魔族が隠れている。

不意を突かれれば、この大群がユイ目掛けてなだれ込んでくる。

ミハル。

ミハルが居てくれれば、魔族の位置が分かった。

ミハルが居てくれれば、愚直に突撃するしか出来ないユイに、戦う術を教えてくれた。

こんな大量の敵だろうと、ユイが正面から相手している間に、ミハルが罠を貼ってくれて、きっと魔族までの道だって開けた。

窮地で想うのは、いつだってミハルのことだ。


「ミぃくん……」


傍に居ないその名を呟く。

胸にかけた、暁の紋章を握りしめる。

やるしかない。

やるしかないんだ。

瞳を閉じ、大きく息を吸い、感情を昂ぶらせる。

後悔、怒り、悲しみ、閉じ込めていた感情に力が乗り、周囲に垂れ流され始める。


溢れだした涙は、誰に宛てたものだろう。

それを手繰る余裕は、既にない。

剣を構え、駆け出す。壁が群れに変わり、群れの一部を敵として剣の間合いに捕らえる。

剣を振り抜けば、数体分の身体が割断され、吹き飛んだ。

それが開戦の合図だった。

敵が一斉にユイの方を向き、我も我もと殺到してくる。

それら全てを剣で斬り裂き、巻き起こる風で吹き飛ばし、殴り飛ばし蹴り飛ばし、漏れ出す「最善良」の力で弾き飛ばし捻じ伏せる。

斬っても、吹き飛ばしても、殴り飛ばし蹴り飛ばしても、弾き飛ばし捻じ伏せても、敵が尽きることはない。

ならば、更に斬り続ける。

斬り続けることしかできない。

「最善良」の刃さえ自由に振るえれば一太刀で決する勝負も、ユイが未熟だから、こうする他ない。


斬り結ぶ中で、脈絡なく敵の群れの一部が吹き飛ぶ。

何事か、目をきると、拳を振り抜いた姿勢で止まった大男が立っていた。

異様な風体の大男だ。筋肉の鎧を身に纏った肥大した肉体に、つるりと輝く禿頭。体中に刻まれた傷と、白く濁った瞳が、「通常」から大きく離れた彼の人生を物語っている。

まず、町のものではないだろう。


「おぉ……? なんだぁ、オメェ……

 どんなのが居るかと思ったら、嬢ちゃんじゃねえか」


男はその巨躯と同じほどに大きな剣を抜き払い、やすやすと振り回し敵を切り崩す。

同時に左の拳を振り回し(おそらく練技の類だろう)、敵を吹き飛ばしながらユイに向けて歩いてくる。

ユイもまた、手に持つ剣を操り敵を切り払い、男の方へと寄っていく。


「協力、感謝します」

「いい、いい。俺様ぁただ、約束守ってるだけだ」

「約束ですか」

「おうさ。ついこの前、馬鹿娘に言われてんだ、ルセニアの町を守れよっつってなぁ……

 そんでまぁ、俺様真面目だからよぅ、約束通り守りに来たってわけだァ!!」


喋りながらもお互い攻撃の手は緩めない。

二人になればその分斬り進む速度も上がる。

それでも見えない終わりを、男は笑い飛ばした。


「こんなミミズども、物の数かよ。まとめてくくってもあの坊主一人に及ばねえやい!!」


振り抜き、斬り飛ばし、叫ぶ。


「おう、子分共ぉ!! 漏れた雑魚共ぁ任せたぞ!!」


「へい親分!」という気合の入った返事が無数に上がる。

ちらりと見れば、揃いの衣装を着た者たちが武器を手に手に孤立した魔物を潰して回っていた。

ありがたい。とても助かる。


「さぁて、どこまで行くよ、嬢ちゃん」

「この奥に、魔族が居ます。私は、そいつを倒しに来ました」

「魔族ぅ……? 魔族、魔族ぅ!! ぐぐぐ、ぐわっはっはっはっは!!!

 いいじゃねえか、可愛いナリして命知らずな嬢ちゃんだ!! 俺様ぁ、そういうの、大好きだ!!

 嬢ちゃん、オメェ、名前はぁ!?」

「ユイです」

「おう、ユイ。俺様ぁギルゲンゲだ。

 でよぉ、ユイ。その魔族さんはどこに居るんだ」

「わかりません」


拳が、剣が、「最善良」の余波が、周囲の全てを斬り飛ばしていく。

死骸の山が積み重なり、重なったそばからマナと化して消えていく。

それでもまだ、まだ、敵は存在している。


「おぅ、そうか……だが、まぁ、この砂利っぱどもを全部吹き飛ばしゃあ、嫌でも見えるか!」


大男―――ギルゲンゲが、苦もなくといった風につぶやいた。

敵の壁はまだ厚い。戦力が欠けない内にこれを穿ち切ることが出来れば、見える未来が、掴める光明があるはずだ。

今はそう信じ、戦い続けるほかない。



●ヨミ



勇者が現れた。

目障りなことに、勇者はヨミの作り上げた大軍勢に立ちふさがったらしい。

総勢で言えば四桁を軽く超える数の魔物たち。死体、幽体、野に伏せ木々に隠れていた「死」の象徴たち。

大半以上は通常の魔物だが、その中に潜み命を狙うように強力な「死を司る魔物」たちが紛れている。

どうやら勇者とその仲間かなにかが必死で戦っているようだが、その威勢がどれだけ持つか。

ヨミはゆうゆうと、勇者が絶望に折れて死ぬ時を待てば良い。


「……何?」


違和感を感じた。

広げた魔物による陣の右翼側の反応がおかしい。

侵攻している魔物が次々と行動不能になっている。

動けなくなるもの、消えるもの、倒されるもの、様々だ。


「勇者に与する人間か……本当に、忌々しい希望どもめ」


ぎりりと歯が鳴る。

勇者という光が、人間に生きる気力を蘇らせる。

この死の大軍勢を前にして、戦おうという意志を奮い立たせている。

死という完成を望まぬとばかりに、抗い立ち向かう。


「殺す。私が、「魔王の翼」ヨミが、全力で(みなごろ)す」


左手を振れば、軍が動く。

展開していた左翼を中央に向けて歩き出す。

物量で勇者共を圧し潰し、ついでに右翼にたかる蝿どもを消し去ろう。

死を汚す希望を踏みにじり、世界に闇を広げるのだ。

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