交渉
「頼むから退いてくれ」
切り出したのは罠師の男だ。
「手ぶらでかい?」
「ああ」
「大きく出るじゃないか、この状況で」
一言、二言、会話が続く。その間もお互い構えは解かない。
だが、正直なところガルグ側はもう大きく「こと」を荒立てるつもりはない。
この膠着状態で相手から出てきた言葉がガルグの譲歩を引き出すための申し出だというのなら、相手はガルグ以上に余裕なしの打つ手なしで泣きが入っている状況だ。
着地点を誤らなければ、ガルグはこの胸の高鳴りに応える力を手に入れることができる。
「申し出を飲まないなら、俺はもう、この矢を射るしかない。
この毒は俺に用意できる中でもとっておきの物だから、いくらあんたが強くても絶対に死ぬぞ」
「へぇ、そうかい」
「それに、今あの町の近くには暁の勇者が居る。
一太刀で山を切り崩す勇者だ。あんたら一味がいくら強くても、勇者には勝てない」
「ふうん、それで?」
並べられる脅迫まがいも軽く聞き流す。
だってもう、そんなことは関係ないからだ。
男は言葉に詰まっている。
網の下がもぞもぞ動き出しているのもそろそろ気になる頃合いだろう。
罠はあらかた切り飛ばし、男はガルグに向けた構えを解けない。五人のうちの誰かが起き上がり背後から切りかかればそれで幕引きだ。
ガルグは余裕を持って交渉に取り掛かる。
「あのなぁ……違うだろ、兄ちゃん。
アンタが言うべきは、『どうかどうか、頼むからあの町を見逃してくれ、俺はどうなっても構わないから』……だ」
「……」
「ああ、心配しなくていいよ。
オレは兄ちゃんを殺さないし、兄ちゃんがこっちの要求を飲んでくれるなら町も見逃そう。
オレはあの町に二度と手を出さないと誓うしオレの一家にも誓わせる」
「……ちなみに、その要求って?」
ガルグが小さな声で口にする。夜の木々のざわめきに掻き消されてしまうほどに小さな声で。
ガルグの期待を一身に受けた男は、唖然とした表情で、信じられないという気持ちが溢れてしまったかのように口にした。
「なんでそんなことを……」
「おいおい話すよ。道も時間もそれなりにあるからね。それで、どうするよ?」
男はぽかんと開けていた口を閉じ直し、そしてゆっくりと弓と矢を下ろした。
ガルグもまた、構えを解く。斧を収め、空いた両手で男の両肩を叩く。
思わぬ大収穫に緩む頬を隠すこともなく、喜色の籠もった声でこう宣言した。
「ようし! これからしばらくの間、兄ちゃんはオレの所有物だ!
兄ちゃん、名前は?」
「……ミハル、だ」
「オレはガルグだ! 来いミハル! オレはもう、待つのにはうんざりしてたんだ!!」
男―――ミハルの手を引き、駆けてきた道を戻る。
地面に刺さっているブーメランの回収は忘れず、短刀を投げて網にも切れ目を入れておく。
ガルグが帰ったと知れば五人も帰ってくるだろうし、あとは放置で構わない。
今はこの湧き上がる歓喜が声にならないよう抑えるのと、ミハルが消えないよう手を掴んでいるだけで精一杯だ。




