動き出す闇
昼夜の最前線。
この地がそう呼ばれていたのも数日前までのこと。
空に描かれる光と闇の勢力図は変動していた。
「魔王の牙」ガジル。
「魔王の十指」トウト。
恐れ多くも魔王の部位の名を賜った者たちが、数日のうちに倒された。
しかもトウトに至っては、「最善にして最良なる者」とは関係のない、どこの馬の骨とも分からぬ木っ端に討ち取られたと聞く。
転がる人の頭骨を踏み砕く。
黒衣がはためき人の在りし日を踏み躙るたびに、青空を闇が侵していく。
口惜しい。
口惜しい。
口惜しい。
ヒトごときが、闇に、死に至るその大河に竿を挿し、光に縋ろうとしている。
「ガジルに続きトウトが絶え、憎き青がまたしても空に広がっているのです」
闇から絞り出したような黒衣を纏う魔族が、空に向けてそう語る。
一対の翼を背負った瞳が、ぎょろりとまぶたを持ち上げ声を返す。
「闇を広げたいというならば、無人の地を塗り潰せば良かろう」
「いえ……人間どもに、ほんの一欠片ほどの希望も与えたくはありません。
彼らは全て、世界を呪いながら死に至るべき存在なのです。
まさか止まれとは言いますまい?」
瞳の放つ言葉に、しゃがれた声が答える。
宙を舞っていた瞳の一つが、ふわりふわりと降りてきて、魔族の眼前で止まった。
「止めはしない。俺も此度の「最善良」の力を識りたい。
ガジルとの戦いでは、ついぞその力を見せることがなかった故な」
「……お言葉ですが、識ったところで意味のないものになるかと」
魔族が、自信を覗かせながら言い放つ。
吐いた吐息は黒く淀み、触れた全てを腐らせる魔の瘴気を漲らせている。
「私が、殺しきりましょう。今度の「最善良」を」
黒衣の魔族……「魔王の翼」が、両手を広げる。
まるで羽ばたくように、無数の存在が立ち上がり、波打つように広がった。
空に広がるのは汚濁。奪われた青空を蝕む、不浄の闇。
「かの「最善良」の膝下で「魔王の血」ドークが覚醒しつつある。
貴様が求めるならば手引をしてやるが?」
「必要ありません。私には、私の翼がありますゆえ」
「そうか。ならば俺はあえて何もすまい。
しかしヨミよ、ゆめゆめ侮るな。
どれだけ未熟でも敵は「最善良」。我らを葬りうる力をその身に秘めている」
瞬きを残し、瞳が闇に霧のように溶ける。
そして、闇が動き出す。




