腹ぺこ魔人ムーシャ・モーシャ
魔人。
聞いたこともない分類だ。
説明を受けても理解がまったく追いつかない。
魔族は倒されると人間になる、というならば、つい先日倒したトウトや、暁の勇者団がこれまで倒してきたガンソウ、スケイル、ガジルなども人間として再度生を受けているのか。
「ああ、そこはたぶん私が特別なんです。
私、「最善良」さんの……今回の「最善良」さんじゃない昔の「最善良」さんが出した「聖母の抱擁」を受けて消滅したので」
「待て待て、オレが分からん言葉を使うな」
「あ、大丈夫ですよ。今のそんなに本題には関係ないので」
「おお、そうか。じゃあ本題いけ、本題」
「本題ですか? えーと、私魔人ですけど、これからもよろしくおねがいしますね! ってことです!」
経るべき幾つものあれこれを吹き飛ばし、話が一気に締めに入る。
豪快とほんわかぽやぽやが重なれば、世界を揺るがしかねない大事もこの明快さだ。
ミハルも、特別あれこれ聞こうとは思わないので、特別問題はない。
「にしても、案外驚きませんね」
「なんとなく魔族関係者ってのは分かってたかな」
「ええ!? それはまた、どうして!?」
「ムーシャ、さっきからずっと言ってるじゃん。「最善良」って」
「へ?」
「なんだ、ミハルは知ってんのか。「最善良」」
「……え? ガルグさん、し、知らないんですか? 本当に? 私騙されてませんよね?」
「最善にして最良なる者」。魔族が呼ぶに「最善良」。
通常の練技とは一線を画す周囲に迸るほどの「邪悪を滅する力」。一度抜き払えば闇を裂き光を呼び起こす「聖なる力」。
過去に「魔王の拳」「魔王の息吹」「魔王の杖」などの恐るべき魔族を討伐した者たちの全てが持っており、様々な奇跡を振りかざしたという。
ユイもまた、魔王の爪ガンソウとの戦いにおいて「最善良」の力に目覚め、ガンソウの身体を背後の山ごとたたっ斬った逸話を持つ。
魔王すら恐れ、過去それを持った人物のうち数名は魔王の手によって直々に滅殺されたために、限られた人間以外には存在すら秘されている力。
「勇者」という呼び名は、その存在を秘して希望を人々伝えるための称号に過ぎない。
暁の勇者団の団員すら知らない能力についてを理解している者は、余程の要人か、あるいはその存在を恐れる魔族側か。
腹部の口と合わせれば、魔族に連なるものと考えるのも、妥当だろう。
「指の時も思いましたけど、人間ってアレですね。意外と魔族のことご存じないんですね」
「当事者からすればそうだろうな」
「……というか、ミハルさん、そこまで気づいててよく私のことほっときましたね」
「まあ、悪いやつではなさそう……というか、悪いことできるやつじゃなさそうだったからな」
腹部の口を見た翌朝のガルグとの会話。
ムーシャから感じた気配が人間のものだったこと。
こちらを騙そうとしているにしてはあまりに裏表なくありのまますぎる性格。
魔王の十指トウト討伐に関わるあれこれの時点で、ミハルはムーシャのことを、正体に関わらずムーシャ・モーシャという「仲間」のことをとして信頼している。
「結局ムーシャはムーシャだってことか」
「そんなとこ」
「じゃあ、何も問題ないな。
つーか、面白みもないな。オレぁてっきりもちもちの精だと思ってたのに」
「もちもちの精だったら何か変わりますか?」
「変わらんだろ。ムーシャは結局ムーシャなんだから」
そして、それはガルグも同じだった。
ガルグはミハルよりも単純に、ムーシャ・モーシャという存在をとっくに「そういうもの」として受け入れている。
だから、背景がどうであれ、ムーシャが偽りなくムーシャであるのなら問題ないと本心からそう思っている。
「うーん……なんか、ちょっと緊張したけど意外といけるもんですね!
なんか安心したら眠くなってきました。ミハルさん、手をお願いします!」
「……そればっかりは、どうかならないか?」
「うーん、無理ですねえ! お願いします!」
「……」
手を差し出すと、ムーシャはお腹の口に含んでそのまま横になった。
そして、思い出したように、ミハルとガルグに伝える。
「これからもよろしくお願いしますね!」
その笑顔は、屈託なく。
その瞬間の彼女という存在は確かに、恐るべき魔族という過去とは関係のない、ムーシャ・モーシャだった。




