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ムーシャ・モーシャという少女

○ミハル


結局、次の目的地はルセニアということになった。

勇者ユイのこともある。

回収した「魔王の爪」を冒険者組合に収めることもある。

マルカが無事ユイと合流できているかが気になっている。

ガルグは熱い熱い風呂が、ムーシャは手の混んだ食事がほしいと言うし、ミハルも火薬や火霊が欲しい。

リウミでこれらを求めれば、手持ちの路銀では到底足りない、というのもあった。


「オレは別に、先にリウミでもいいがなぁ」


ガルグだけは、らしくなく少し言い淀むところがあったが、結局進路が変わることはない。

壮大な遠回りがあったが、三人揃ってルセニアを目指して進む。

道中は、闇が晴れ昼が帰ってきたこともあり、随分進みやすくなった。(魔獣が思うように狩れずにムーシャが寂しそうだったが)

この調子ならば、ルセニアにはユイから提示された日の翌日には到着できるだろう。

ユイにもマルカの手続きなどがある。手紙にも良ければと一文書き連ねた。町に残っている可能性は高い。

現状を話し、そして……


そこから先は、まだ白紙だ。

ユイがなんと言うか。ガルグやムーシャがどうなるか。色々な要素で未来は変わる。

随分大雑把な未来予想図だが、そもそもミハルはその場の感情に流されてあれこれ生き方が変わってきた。

ガルグの件、マルカの件、スイカの森の件、振り返ってみれば団を抜けてからもずっとそうだ。

そういうものでも、いいのだろう。


帰路も佳境に入り、おそらくルセニアまでの道のりで最後の野営が始まった。

二十日以上ともに行動した三人だ。自分のやることも他人のやることも全て慣れたものである。

食事を済ませればまずムーシャが眠り、ガルグとミハルが装備の手入れをしながら火の番と見張りをする。

ムーシャが目を覚ませばガルグが眠り、ガルグが目を覚ませばミハルが眠る。

その夜も、食事が終わると、ミハルとガルグはいつもどおりに装備を広げ始めた。

だが、ムーシャの様子がいつもと違う。

いつもなら「ふぇーい、満腹ー!」と言いながら横になり、ミハルの手を腹の口でしゃぶりながらそのまま寝息を立て始める彼女が、珍しく起きているのだ。


「どうしたムーシャ。寝ないのか」

「……うーん、ちょっと考え事をですね」

「無茶すんな」

「考え事が無茶って、流石に私を侮り過ぎでは?」


小気味よくやりとりをしながら、焚き火を囲んでいたミハルたちの向かいにムーシャが座る。

焚き木を食みながら踊る火霊が、三人だけの世界を照らす。


「うーん、うーん……よし! 決めました!」

「明日の朝飯か?」

「いえ、それはもう決めてます」

「じゃあ、ルセニアで食べる料理についてとか?」

「いえ、それももう決めてます。

 そうじゃなくて……お二人、ちょっとだけ真面目な話をしてもいいですか?」


真面目な表情でムーシャが語りだす。


「私ですね、ミハルさんのこともガルグさんのことも大好きなので、出来れば三人で楽しく旅を続けたいんですよね。

 だから、いっそのこと、ある程度話しておこうと思いまして」

「何を」

「私のことです。

 お二人もきっと、私が単なる美味しいものが大好きなとっても可愛い冒険者ではないとお気づきのことでしょう」


物凄く自意識が高いことを除けば、伝えたいことの大筋は分かる。

「ただの人間」ではないというのは、出会ったその日の夜から察していた。

何故か腹部にもついている口。

魔術とも精霊術とも異なる術。

魔族に対する知識や感知能力。

ムーシャはムーシャなりにそれを隠そうとし、それを受けてミハルもガルグも目を逸らすようになっていた。

だが、ムーシャはそれを語るという。

その理由が「ミハルやガルグと楽しく旅をしたいから」というのは、なんともムーシャ・モーシャな、ふんわりとした理由だった。

二人が秘密を語るに値する存在と見受けられたというのもあるだろうし、彼女の性格を考えればいちいち隠すのが面倒くさくなったということもあるだろう。

それを総じて「楽しく旅をしたい」とくくるのは、理由と合わせていかにも彼女らしい。


ゆっくりと口を開く。


「実は私……魔人なんです!」


沈黙が流れる。その沈黙の意味は。


「……魔人ってなんだ、魔族の仲間か?」

「……俺も聞いたことないな」

「でしょうねえ。なにせ私が作った言葉ですので」


じっと見つめる。別に悪気はなかったようで、二人からの視線に不思議そうな表情で返す。

そして、「ああ!」と自身の言葉足らずに気づいたように、付け加えた。


「私、昔、魔族だったんです。

 勇者に倒されて色々あって人間に生まれ変わった元魔族の人間、縮めて魔人……まぁ、そんなところです」


本人の言葉を借りるなら「魔人」であるムーシャ・モーシャは、出身地の名産品を語る時みたいに、ずいぶん軽く口にした。

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