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○ユイ
突如広がった闇の影響で変貌した動物は魔獣と呼ばれるようになった。
ユイの父は鳥型の魔獣との戦いで深手を負い、そのまま帰らぬ人となった。
闇から生まれた生命を持たぬ化生は魔物と呼ばれるようになった。
ユイの母は昼の残る場所へ逃げる旅の途中、ユイを逃がすために魔物に立ちふさがり、悲鳴を残して消えてしまった。
夜に怯え、闇に涙し、魔獣魔物に見つからぬよう祈りを捧げ。
多くの人間が死に、それでも地を這う虫のようにひたすらに光を求め。
子どもでは数え切れない日数に及ぶ旅路の末、ユイと他数人は、昼の残る村にようやくたどり着いた。
その村はユイたちを受け入れてくれた。
食料確保の問題や魔の者への誤解から受け入れを拒む村や避難民を殺す村も少なくなかったと聞く。
ユイが生き残ったのは、ただ運が良かっただけだ。
ケーアの村。
第二の故郷。
そこにつくまでの記憶と、ついてからしばらくの記憶が、ユイにはない。
ただ覚えているのは、心が凍るような闇夜への恐怖だけだった。
夜に眠ることが出来ず、日が昇った時に少し眠る。
起きれば夜に怯えて震え、夜に気を失えば悪夢にうなされ跳ね起きる。
そんな日々を、何日も何日も続けていた、はずだ。
闇と恐怖に支配されたユイの人生に光がさしたのは、村についてからしばらくしてのことだ。
一人の少年が、ユイの様子を見に来たのだ。
「何かを見てるの?」
最初の一言は、そんな言葉だったはずだ。
その少年の名は、ミハルと言った。
○
ルセニアに帰ると決めた日に見た夢は、悪夢と現実の境目のものだった。
ミハルに会いたいという強い気持ちが、夢を見せたのか。
近隣の村々にミハルの消息に繋がるものはなにもなく、結局得られるものはなかった。
前向きに解釈するならば、ミハルはまだルセニア周辺に居て、あの夜ユイとは偶然行き違ったのかもしれない。
あるいはミハルはもうすでに―――
「ない。そんなはず、ない」
頭をよぎりそうになった後ろ向きな考えから無理やり目をそらし、考えないようにする。
そうでなければ、ユイは、旅を続けられなくなる。
ひたすらに、祈るように、頭の中で唱え続けた。
きっとミハルはルセニアで待っている、と。
駆け続ければ、ちょうど二十日を数える日に、ルセニアの町に帰り着くことが出来た。
疲労の蓄積は激しく、憔悴は顔色にまで出ている。身体は汚れ放題で、道中出会った魔獣や魔物の体液がこびりついている。
誰も今のユイを見て、世に謳われる暁の勇者とは思うまい。
ふらつく足取りで宿屋の戸を開ける。
そこにミハルの姿は―――
「おお、勇者様! 丁度いいところに!!」
宿屋の主がユイの顔を見てぱっと表情を明るくする。まるで困惑という縄を解く鍵が見つかったというようだ。
ミハルの件だと思いたい。
その祈りは、半分だけ叶い。
叶わなかった半分は、ユイの心を切り裂く刃を帯びていた。
主に導かれ、宿屋の一室に入る。
そこに寝かせられていたのは、変わり果てた姿の魔導師・マルカだった。
娼婦のような格好に、無残にも切り落とされた金髪。
化粧を施されているが以前見た時よりずいぶんやつれ、目や頬はくぼんでいるように見えた。血色も、化粧がなければ青より土気色に近いほどだろう。
かろうじて上下する胸に身分証はない。首元には、まるで飼われた動物のように首輪がつけられている。
声を失いマルカを見つめていると、「マルカを連れてきた者たちから」と主が手紙を渡してきた。
震える指で手紙を開く。
差出人の名前で心臓が跳ねた。
ミハル。
ざっと文章に目を通す。字のくせも、文章の運びのくせも、そっくりだ。
慌てて中身を読み込む。手紙は、謝罪から始まっていた。




