魔王の十指
「ガルグ、ムーシャ」
「おう、生きてんな」
「お元気ですか、ミハルさん!」
殿を務めたはずが、逃した仲間が戦場に帰ってきた。
逃げたはずの二人は既に臨戦態勢という格好だ。
「あーだこーだ言い合うのは後だ。
ミハル、指ってなんだ。下っ端の爪とは違うのか!」
「……すまん、知らん。初めて聞いた」
頭に置かれた悍ましき手を振り払い、すぐさま駆け出して距離を取る。
森の木立から顔を出していたムーシャの元まで駆け、体勢を整える。
装備の幾つかを手に睨みつけた先では、斬られたトウトの躰が再びボコボコと泡立っていた。
「全員まとめてぶち殺ぉす!!」
「陳腐だねぇ! そんな台詞で死んでやれるほどオレぁ優しかぁないぞ!!」
頭を失っていたトウト二体は既に頭を生やしている。頭だけのトウトからも身体が生えていっている。
先に身体の出来上がった二体が、残りの二体をガルグ目掛けて投擲する。
弓に矢をつがえ、身体を生やしながら飛んでくる二体の瞳目掛けて射る。二体は避けもせずにそれを受け止め、不敵に笑った。
その笑顔の意味を探るミハルの身体が結構な重量の衝撃を受けて横に倒れる。
どことなく真剣な顔をしたムーシャが、ミハルを抑え込んだまま叫んだ。
「ガルグさん、しゃがんで!!」
機敏に反応し身を屈めたガルグの頭上とミハルたちの元居た場所を強力な爪撃が通り抜ける。
森の木々と同じように、突進していたトウトたちまで輪切りに変わる。
「指は身体がちぎれても平気で、ちぎれたそばからぷちぷち増えるんです!」
「「「「んな、テメ、なんで!?」」」」
思考回路は全員同じらしく、四体が四体揃って同じ反応を返した。
見れば、輪切りになった二体の身体の切断面もボコボコと泡立っている。
攻撃直後と驚愕をあわせて生まれた隙を突き、ガルグが練技の刃で奥の二体を切り裂いたが、泡を吹きながらドロドロに溶けていくだけ。
めきめき生えてくる身体、その場に現れたトウトは十指という名にふさわしく十体分。
「おいおい、そんなんありかよ」
いつになく弱気な言葉を零すガルグ。
だが、ミハルの感じるものは、この状況を単なる劣勢とは取らない。
「ムーシャ、速く走りたい」
「お任せください!」
ムーシャの魔術もどきによる身体能力強化を受け、矢のように速く駆け出す。
ガルグを囲もうと爪をギラつかせる十体のトウトの一人に飛び蹴りをぶつければ、面白いほどよく吹き飛んだ。
「ガルグ、手を潰せ!」
着地しながら矢を放つ。一体が弾き上げるが、ミハル一人で最初に戦ったときよりも動きが遅く力も弱い。矢を弾く際の衝撃に顔をしかめるほどだ。
生えかけていたトウトが一斉にどよめき、数体は距離を取ろうと背を向けた。
「まどろっこしい!」
ガルグが背中に携えていたブーメランを抜き、ぐるりと身体を回しながら投擲。身体を回す勢いで斧を振る。
練技を纏わせた斧の一撃が横一文字を描けば、足の生成が間に合っていないトウト二体が泡と散った。
ブーメランが二体のトウトを狩り、合わせてミハルの矢が別のトウトの喉と頭を貫く。
ブーメランに斬られた身体がボコボコ震える。
「どうしたどうしたァ! そんな脆くて魔族が務まんのかァ!!」
「「うるせえ!! テメぇは六回殺す!!」」
近場のトウトを捌きながら、先程ちらつかせた弱気はどこへやら、ガルグが威勢よく吠えた。
「増えれば増えるだけ弱くなってるんだ!
それに一度に居られる人数と身体が出来上がる速度にも限りがある!」
ガルグの咆哮に負けなように叫んで伝える。
原理はわからないが、魔王の十指は爪としての斬撃の他に致死ダメージを受けると自身を増やす能力がある。
確かにこの能力が完全な状況で発揮されればその驚異は計り知れない。十体分の爪の斬撃が飛んでくれば一方的に蹂躙されるだけだ。
先程見せた「トウトを目隠しにした爪撃」など、自身の復活を前提とした自爆技もたくさんあるのだろう。そうなれば、単なる爪より驚異度は遥かに上だ。
だが、ボコボコと自分の身体を生やす復活は完全に終わるまで隙があり、増えた分だけ一体の時より戦闘能力も劣っている。現状のトウト一体は最初のトウトより弱く、遅く、脆い。
手が生えきるまでは爪撃は使えないし、足が生えきるまでは動けない。先の復活仕掛けていたトウト投擲はそういう意図もあったのだろう。
増えたトウトたちが一体でも距離を取り、戦闘態勢に入られれば近郊はすぐに崩れる。
それまでに、勝機を掴まなければならない。
やるべきことは見えた。
「ミハル、走り回れ! 一体も逃がすな!!」
「ああ!!」
一体も逃してはならない。逃走を封じるための罠を仕掛け、罠をすり抜けたり手が生えそろおうとするトウトは即時撃つ。
突発の戦闘開始。
前代未聞の魔族狩りの始まりだ。




