スイカの森の心臓部
見るまでもなく感じられる。
隠すことも出来ない、人間全てに向けられた禍々しい敵意。
闇を生み出し夜を広げる人間の敵。魔族だ。
「……あぁ? なんだ、テメぇ、登ってきて」
「はじめまし、て!!」
構えた矢を射る。狙いは違わず敵の眉間。
だが、当然のように矢は払い飛ばされた。
異形の両手が顕になる。人間に似た体に無理やり大型魔獣の手を縫い付けたような、恐ろしい両手だった。
「っテメ、いきなり」
払い除けた衝撃で矢にくくってあった袋の中身がぶちまけられる。闇ばかりの空にきらきら輝く、星屑のような霊素粉末だ。
火霊を使って火矢を作る。木を駆け上り霧から抜けたため、瓶の中の火霊も活発だ。
射抜き、着火し、世界が輝く。闇を切り裂く眩い光が魔族の視力を一瞬奪う。
その瞬間を見逃さず、木のてっぺんから枝を段々に飛び降り駆け出す。ガルグたちから離れるように、森の奥を目指してだ。
「所詮爪だなぁ!! 弱い弱い!!」
捨て台詞を吐き捨て、森の中に姿を消す。
罠を手繰りながら駆ける。安い挑発だが、どうだ、来るか。
「んだコラテメ、人間風情が俺様を、言うに事欠いて弱ぇだと!!」
ぐぅんと風を巻き込む音が響く。この音は、知っている。
慌てて身を躱せば、先程までミハルが居た場所を見えない爪が抉り取った。
魔王の爪・ガンソウが使っていた技と同じだ。
身震いする。三年前あの爪と対峙した時、ガンソウ討伐のために集った冒険者はことごとく死傷した。
ユイが勇者として覚醒しなければ、ユイもミハルも揃ってあの爪の餌食になっていた。
木を足場に飛び上がる。見えない爪がまた走り、木々を輪切りにした。
過去の恐怖が喉までせり上がってきている。だが、吐き出すのは恐怖とは真逆の言葉だ。
「弱い弱い! 人間一人斬り捨てられねえか、へっぽこ魔族!! その手は飾りかよ!!」
「決めた、ぶち殺す!! 原形なくなるまでぶち殺してやる!!!」
ありがたいことに挑発に引っかかり追ってくる魔族、合わせてスイカの森の中敵の気配が散っていく。
魔族が暴れだしたことを察し、人攫い団が巻き添えをくらわぬよう逃げ出したか。相手側に応援が来ないのは少しだけ都合がいい。
木から飛び降り土の上、今度は木々の間を縫うように走る。時折聞こえる風を巻き込む音には縦横無尽に身を躱す。
躱すと同時に罠を仕掛けるも、半端な罠は全て爪によって斬り捨てられる。
なにが魔族の中では下っ端だ。罠が通用しなければ、逃げも隠れも出来やしない。
頭と足をフル回転させながら逃げる中で、視界の端にちらりと光るものが映った。
足は止めず木を駆け上り、幹を飛び移って撹乱しながら空間知覚を広げる。
周囲の存在を把握できる空間知覚に木でも霧でもない存在が引っかかった。独特な形、精霊の鼓動のように脈打つマナの奔流。
森の中央に近づいた結果、偶然にもこの人攫いの森を包む罠の心臓を見つけ出したらしい。
「罠師の腕」で今いる木の幹に瞬時にロープを結び、ロープのもう一方を矢に結んで知覚した物体の方へと放つ。
地面に突き刺さった瞬間に「走破の足」でピンと張られたロープに飛び乗り曲芸めいて駆け抜ける。
走る途中で下から聞こえてくる風を喰らう音を飛び避ける。ロープが千千に切り裂かれるが、既に道も目的地も見えている。
駆け抜けた先が開ける。建造物を置くために森が切り開かれているのだ。
視界に飛び込むのは、鬱蒼と茂る森には不釣り合いな、人工的な建造物。その中央部には人の頭ほどの大きさの精霊が祀られている。
間違いない。この森を包む霧の、霧の中に混ぜられた特大規模の精霊術の精霊術陣を司る、儀式用精霊殿だ。




