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人攫い攫い


「食べたいんです! ぜえったいにぜえったいに食べたあいんですう!!!」


熱のこもった叫びが霧に溶けていく。


「そうは言ってもな、ムーシャ。こいつぁこの霧が」

「私はミズゴショウのためにここまで来たんですよ!?

 霧の森が目の前にあるのに引き返しましょうなんて、たまったもんじゃありませんよぉー!!」

「分かった、分かったから……ったく、どうなっても知らないぞ……」


私情混じりの声を背に受けながら、ノコノコ森の中へ歩いていく。

ある程度森の奥まで入って木の周りをしばらく探索。どんな巡り合わせか、ムーシャが喋った通りの果実を見つけた。

はちきれそうな水気を蓄えた見目麗しいほどの赤いその身は、一度口にすれば脳まで突き抜ける辛さに心を奪われるという。

ムーシャが求めた霧の森の赤い宝石、山の珍味・ミズゴショウだ。折角なのでいくつかもぎ取り、腰の鞄に入れておく。

そして、ふらふらと力が抜けて倒れ込んで見せた。


「あ……なんだ、これ……」


どうだろう。わざとらしくないだろうか。

霧で視界が制限されている上に声も音も通りにくい森の中。よっぽどのことがなければ十分だと思うが。


「あ、おい! ほら言ったこっちゃねえ!!」

「あわわわわ! ミハルさん! 今行きますからね!」

「おい馬鹿! クソッ!!」


慌てて森に飛び込んでくるムーシャとそれを追うガルグ。二人が突入するのに合わせてこっそり罠を仕掛けておく。

二人はミハルに近づいたあたりで力なく倒れる。同時に口に布を当てる。


筋書きはこうだ。

食道楽な冒険者ムーシャは霧深い森の奥にのみ生えるミズゴショウの採集を決断。

ルセニアの冒険者組合にて斥候兵のミハルと傭兵のガルグを仲間に、自由冒険団「山の幸探検隊」を結成。

道中を三人で切り抜け、無事、スイカの森に到着するも斥候兵が霧の立ち込める森に違和感を覚える。

ただし、食道楽はどうしても手に入れたいということで、ひとまず斥候兵が先に踏み込んで様子を伺う。

そして、精霊術の混ざった霧の影響で昏睡する。

助けに入った二人もあえなく昏倒。三人まとめて人攫いの餌食になる。


当然、そう見せかけるだけだ。

精霊術への対応は可能だ。ムーシャが使えるヘンテコ魔術もどきのレパートリーに他者からの影響を受けにくくするというものがあった。効果の程も道中で確認済みだ。

それに、いざという時の気付けとして調合花粉を薄めて塗った布で全員口元を覆っている。寝付きの早いムーシャでも眠れなくなること受け合いだ。

嗅いだことのあるガルグでも眉間にシワを寄せ、初花粉のムーシャは薄めてもなお刺激的な匂いに「おえっ!! えっ、えっ!?」と声を上げた。

動けないので声を抑えさせることは出来ない。相手が引っかかるのを祈るばかりだ。


二人分の気配が動き出す。そろりそろりと寄ってくる。

二人以外の動きはない。好都合だ。

相手が不用心で助かった。というより、今までこの森で仕事をする上で用心するような相手が居なかったのだろう。


「へへへ、まだまだ馬鹿がいやがるもんだ……」


気配の動きが大きくなる。もはや警戒した様子は感じられない。

息を潜め、動き出す瞬間を待つ。もう少し。後少し。


「今」


呟くように口にして、手元の紐をほどく。引き絞っておいた茂みの枝が跳ね上がり、先に載せておいたミズゴショウが飛び上がる。

視線を奪えれば程度の罠だったミズゴショウは、人攫いの片割れの顔に直撃する。


「うぉ!? こ、か、かッ!!?」

「な、なに」


音もなく動いた力によって声がかき消える。伏せたままだったガルグが人攫い二人組の足を刈り、引き倒したのだ。


「ムーシャ!」

「おえっ! げほっ! ふぃえ!!」


先んじて渡していた布を手に、ムーシャとミハルの二人で人攫いの顔を包み上げる。今度はたっぷり調合花粉を染み込ませた、数秒で昏倒の後に残り香だけで数日間目眩必至の悪臭兵器だ。


「どっちだ」

「ムーシャの方だ!」

「了解! ムーシャ、貸せ!」

「ふぇあい!!」


顔を包んだうちの一人をガルグ担ぎあげ、ミハルはもう一人を木に縛り付ける。

攫うのは一人で十分。荷物はこれ以上増やさない。

このままリウミまで駆け戻り、必要な情報を吐かせた上で再放流だ。


三人揃って森に背を向け駆け出そうとした瞬間、背中を悪寒が撫で上げた。

気配が動き出す。森の奥に控えていた、人攫いとは異なる気配が。

動きが速い。しかも直線で来る。空間知覚に従えば、森の木々の上を駆けてきている。

こんなに早く、そしてこんなに速いのか。

今までの魔族とは動き出しから動線の導き方まで異なっている。誰かの……おそらく人攫いの何かが関係しているのか。


「やばい、ガルグ。来るぞ」

「あぁ?」

「へっくしゅ! ほんと、っくしゅ! 来てますね! ずず!!」

「……おいおい、まさか」


何故見つかったか。どんな能力を持っているのか。考えている暇はない。

その瞬間、ミハルに出来たのは、覚悟を決めることだけだ。


このままならば、すぐに追いつかれ、遮蔽物の少ない平地で決戦になる。

ミハルの小細工が通用しない状況下での直接戦闘、ムーシャや攫った人攫いのことを考えるならばそれは避けたい。

ならば、選ぶべき道は、まだ戦法に幅が持たせられる森で策を弄する方だ。


「ガルグ、ムーシャ、そっち任せたぞ!!」

「あい! まかしゃれました!!」

「なにする気だ!」

「足止め、だけだ!」


「走破の足」で木を駆け上り、同時に装備を整える。

胸の内側で、心臓が破裂しそうなほどに早鐘を打っている。

木々の頭を抜けたところで迫ってきていた気配が止まる。


開けた視界の向こう側で、異形が佇んでいた。

間違いない。魔族だ。

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