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「にしても、手こずりそうだな」

「何でです?」

「これまでの道のりから、あれがスイカの森ってことで間違いないはずだ。

 んで、スイカの森には人攫いの一味と魔族が居んだろ。

 じゃあ、そいつらがかち合って、どっちかが倒れてないのはなんでだ?」


唐突に切り出される、純粋な疑問。ガルグは顎に手を置き、闇に姿を解かしている森を眺めながら、自問するように口にした。

答えはわかりきっている。だからガルグは、疑問を呈する直前に、「手こずりそう」と言ったのだ。


「魔族と人間が手を組んでるかもしれない、ってことか」

「状況から見れば、そう考えるのが自然だわなぁ」

「爪にしては賢いですねえ」


もしも、魔族と人攫いが手を組んでいるのだとすれば、人攫いと下手に接触を測れば魔族まで直通で出てくるかもしれない。

行動を起こすならば迅速に、かつ秘密裏に行わなければならない。


目指す森の違和感にまず気づいたのはミハルだ。

魔物の存在も魔獣の存在も遠巻きにしか感じられない。歩けば歩くだけ、敵性反応からは遠ざかっていく。

空間知覚でも結果は同じだ。近くに生き物の気配を感じない。


「魔族が居ると逃げるとかか?」

「ないですねぇ。魔の存在は魔族の作る闇が大好きですから、普通なら逆に寄ってくると思いますよ」

「だとしたら……森の方、か」


ついと視線を上げれば、森を包む白い霧が手を招くように揺れていた。

霧の中で人や魔族が活動しているのを感じる。近づいたことでだいぶしっかり分かるようになってきた。

人攫いは居る。そして人攫いの中には魔族と接触を図っているものも居る。

ガルグの見立ては、外れてはいなかった。


霧の中に立ち並ぶ木々が見えるほどに近づき、一旦足を止める。

空間知覚がおかしな感覚を伝えたからだ。

黙って弓矢を取り出し、火矢を作り、放つ。

火の燃える音、矢が風を切る音。いきなりの動作にムーシャが「わ」と声を上げたが、それ以外は生き物の気配すら感じられない静寂だった。

火矢は音もなく木立の合間の地面に刺さり、そして間を置かずに火が消えた。


「……どういうこった?」

「……あの霧、自然のものに合わせて人工的なものが混ざってる。

 たぶん大規模な精霊術、だと思う。火霊が周囲に影響を及ぼせないくらいには強いはずだ」


おそらく、周囲に魔獣や魔物が潜んでいないのもあの精霊術の影響だ。

なんらかの有害な精霊術を垂れ流していたため、自然、生き物が全て離れていったのだ。


「毒か?」

「いや、それにしては木も草も青々しすぎる。誘眠性の霧、じゃないかな」


昔、勇者団の聖職者クレリックだったサバラが使っていたのを見たことがある。

それと同じものならば、こんなに大規模に展開しているのも説明がつく。

この森自体が大規模な罠なのだ。

踏み込んだ人間は次第に意識が遠のき、知らぬうちに倒れ伏す。たとえそれが、手練の魔術師マナクラフターだろうと、だ。


「困っちゃいますよ。これじゃあミズゴショウ採れないじゃないですか」

「ミズゴショウはともかく、人攫いも難しそうだな」


道中で何度も何度も説明を受け、すっかり森の珍味・ミズゴショウの名前を覚えてしまったガルグが、顎に手を添えそう呟く。

この霧をなんとかしたければ、まずは森全体に渡って描かれているだろう魔法陣の一部を破壊する必要がある。

森全体を覆う規模に昼夜を問わぬ効力ならば、単に地面に描いただけの突貫ではなく、精霊殿などをこさえた儀式用魔法陣だろう。

破壊すれば、人攫い側か魔族側か、どちらにしろ精霊術を張った術者に勘付かれ……


「……いや、手遅れか」


複数の反応が森の中を蛇行しながらこちらに迫ってきているのを感じる。

流石は人攫い。こちらの気配を感知できる者が居たらしい。

声を潜め、ガルグに伝える。


「ガルグ、敵二」

「おお? 都合がついたな。そいつら攫えそうか」

「……いや、このままだと無理そうだ」


索敵能力で感じる強さはそれほどではない。ガルグの子分よりまだ弱い。

だが、こちらの出方を伺っているのか、森の中に身を隠し、じっと息を潜めている。


「上手いことそいつらだけ釣れるかね」

「やってみるか?」


人の接近を感じられる練技持つのは一人だけか。あるいは持っていてもそこまで優れたものでないのか、森の中でこちらに向けて動いている者は他に居ない。

上手く立ち回れば敵二人との接触のみで話を終えられる。


「歩きながらどうするか話そう。

 ずっと立ち止まってたんじゃ、更に警戒されるかも」


言いながら、森の外周に添うように歩き出す。

姿の見えぬ人攫いもまた、静かに動き出した。

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