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次の行き先は

突然の申し出に、二人が少しきょとんと見つめ返す。


「遠回りィ?」

「ああ」


もらったおまけを手渡す。近隣の地図、目的地までしっかりと書いてある。

目的地は、ルセニアとは異なる方角の、少し離れた場所だった。


「さっきもらってたやつですね」

「俺は一度ここに寄りたい」

「……また、面倒くせぇもんもらって来たな、お前」


地図上にバツ印で示されたその場所に心当たりがあったようで、ガルグは少し顔をしかめた。


「ガルグさんもご存知なんですね。どこなんです、ここ」

「スイカの森。よく霧が出ててなぁ……その分、変なのが集まりやすい。人攫いとか……なぁ?」


こちらの考えを見透かすように、ガルグが目をくべる。

人攫いの潜む森。老婆曰く、マルカを「仕入れ」てきた人攫い団が最近活動を行っている森らしい。


「で、なんだ。敵討ちか、それとも他の仲間を売った場所でも聞きに行くか?」

「まあそんなところ、なんだけど」

「それ、意味あるか? あの姉ちゃんのナリから考えて全員売り捌かれてんだろ。

 勇者とも会えなくなるならこれこそ無駄足だ」

「売った場所さえ分かってれば、居場所も割り出しやすいだろうし……」

「居場所割り出してどうすんだよ」

「それは、まぁ、ユイ様に伝えるとかさ」

「……そもそもよ、お前を追い出した奴らにそこまでやる義理があるか? 下手な同情なら怪我する前にやめとけ」


返す言葉は浮かばない。

かつての仲間だから、多少見知った相手が窮地だから。それだけの義理だ。

だが、それを口にしたところでガルグは納得しないだろう。経緯がどうあれ、仲間の縁は切れてしまっているのだから。

だが、ミハルの心は引き下がることを良しとしない。どうしても、かつての暁の勇者団の行方を知りたかった。可能ならば、助けたかった。


「あ、でも、この辺ってあれですね」


白熱しそうな二人の議論に、ムーシャが一滴の水を差す。


「魔族が潜んでるあたりですよね。こっちの村からあっちの方角っていうと」

「は?」

「え?」


思わず議論を止め、ムーシャに視線を注ぐ。

放たれた言葉は、ムーシャ以外は理解できない。

ムーシャは注がれた視線を不思議そうに見つめ返した。


「……居るの、魔族?」

「え? ええ、はい。爪くらいの弱いやつだったと思いますけど」

「ムーシャお前、なんで……その、分かんだ、そんなこと?」

「そりゃまあ私もこう見えて……こう、見えて……こ、ま、迷子に、なったことが、あるんですよねー、この森のあたりで……その昔、むかぁ~しに……」


目が泳ぎ声は上ずっている。あのおおらかさをこねて丸めて膨らましたようなムーシャに明らかな動揺が見えた。お腹の口の時でも見えなかったレベルの動揺だ。

何かを隠しているらしい。そして、ここまで動揺するということは、隠している何かによって露呈してしまった「魔族が居る」という情報は、おそらく真実だ。

不思議な沈黙があたりを包む。

ミハルの沈黙、ガルグの沈黙、ムーシャの沈黙、全て意味合いは違っている。


「ミハルよう。オレはな、お前の昔のお仲間どもがどうにも気に食わねえ。

 お前を追っかけてきた勇者はともかく、あの偉そうなのとかは心の底からどうにでもなれって感じだ。

 むしろ、お前が色々言われて、こっからまた面倒見るってのが信じられん。ほっといてさっさと勇者に会いに行くべきだと、心の底から思ってる」


難しそうな顔をして語る。これこそまさしく本音だ。

この本音はガルグ自身の感情ももちろんだが、ミハルに対しての情もいくらか篭められたものだろう。


「だがな、今のムーシャの話は別だ。

 世界を闇で包もうとしてる魔族が住んでるかもしれない。しかもそれなりに弱いやつが。

 オレぁそういうのは、ほんともう、大好きなんだ。分かるか?」


複雑な感情の篭められた表情である。

ガルグという女の背骨を貫いているのはきっと「未知への好奇心」だ。

山中に押し込められ制限され続けた山賊時代の反動か、未知に対して飢えている。

だから、常人……いや、ほとんどの冒険者が避けて通る「魔族」という存在にすら興味を持っていく。

これもまたきっと本音だ。


「時にミハルよう。お前、ある程度近づけば魔族が本当に居るかも分かるのか?」

「本当に森に居るなら、森の外……森が見えるくらいの場所からでもたぶんいける。

 今まで会ってきた魔族の強さと比べてどんなもんかも分かると思う」


誇張はない。魔族は反応が特別強いので、敵意を出していなくても感じ取ることが出来る。

多芸揃いの暁の勇者団でもこればかりはミハルにしか出来ず、「魔王の爪」「魔王の鱗」「魔王の牙」の全ての居城とおおまかな戦力を秘密裏に暴くことが出来た。

ここからスイカの森までは四日ほどの距離がある。だが、この距離を四分の一まで詰められれば、本当に居るかどうか、どのくらい強いかも見通せるはずだ。

敵性探知や空間知覚を用いれば森の中の魔獣・魔物・悪党の分布まで割り出せる。

相手に気付かれる危険もあるが、という前置きありきで、ミハルならばガルグの好奇心を満たせる可能性はある。


「……まったく、お前は本当に、オレ好みの男だな!

 うし、決めた!! 勇者を見るのはちょっくら後回し! 次はスイカの森近くで魔族の生態調査!!

 そのついでに、今回くらいはミハルのお仲間の件も、ほんのちょっとだけ面倒見てやるか。

 案内頼むぜ、愛しの斥候兵!」


ガルグが高らかに笑いミハルの背を叩く。

彼女なりの思いやりに、彼女だからこその好奇心が重なった。


「どうするもちもち。魔族絡みなら結構危ない道になるだろうが、お前も来るか?」

「うーん、うーん……まあ、はい。行きます!

 私もこの森に興味がありますし。爪程度なら、大丈夫だと思いますので!!」


珍しく沈黙していたムーシャも、何か頭の中で結論を出せたらしく、ついてくると答えた。

あいも変わらず隠そうとしているなにかがダダ漏れだが、そこはまあ、見逃してやるのが情けというやつだろう。

ムーシャの一言で行く先が決まった恩もある。目を瞑っても、バチは当たらない。


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