転落
……
……
……
冷たい感覚。
体全体が冷たさと寒さを感じている。
冷たさから逃れようと身を起こす。体の動きがぎこちない。体中の血が凍ってしまったようだ。
ぞわぞわと、体が熱を取り戻すに従い、恐怖が体の隅々まで行き渡る。
生きている。
死んでいない。
それだけで涙が出るようだった。
再び目覚めることが出来た幸運に感謝し、愛するニイルの姿を探す。
きっとニイルがあの絶体絶命の状況から救い出してくれたのだろう。
「……おっ、目が覚めたな」
聞き覚えのない声。
誰かは知らないが、誰かが居るなら丁度いい。
何が起こってどうなっているのかを聞かなければ。
がちがちと音を立てるような痛みを堪えながら振り向く。そこには、見覚えのない男が座っていた。
「貴方、誰ですの?」
男は答えない。それどころか、マルカを無視してどこかに行ってしまった。
男の背を目で追いながら不敬な輩だ、あとで覚えていろと心のなかで吐き捨てようとしたが、そんな言葉がどうでもよくなるものが視界に飛び込んできた。
見覚えのある服が放り捨ててある。見覚えのある武器と防具、そして鞄とペンダントが並べてある。
見間違うはずがない。マルカとニイルの装備一式だ。
装備の横に籠に詰められた金色の輝きが見える。
ならばあれは、まさか。
恐る恐る、自身の髪に触れてみる。
あるべきはずの場所に、あるべきものがない。
まるで市井の少女のように、乱雑に刈り切られている。
「なんで……髪……私の……」
それでなくとも「西国の陽光」と称えられた美しきマルカの金髪。だが、魔術師の髪は陽光以上の価値を持つ。マナの集積力場や威力上昇用の触媒、更に反動放出といった強い魔術を行使するための要なのだ。
上級魔術師にとっての無理な断髪は、戦士で言えば手足の腱をのこぎりで切られたに等しい。
傷酷く、再起も絶望的、そんな直視したくない現実が、籠の上に、山から取ってきた果物でも飾るかのように置かれていた。
受け入れられず、ただ愕然として現実を眺め続ける。
だが、マルカの絶望的な現実は、まだ終わらなかった。
「へぇ、じゃあ男の方も案外役に立つんスねえ」
「まったく、いい時代だ。魔族様様だね」
背を向けて去っていった男が、複数の男と連れ立って帰ってきた。
薄汚れた服に品位のない顔。自身の置かれた境遇も合わせれば、その男たちが何者かは理解できる。
「今回のはまた、えらい上玉スねぇ」
「やりすぎるなよ。いくらヒトガタっつっても、壊れてない方が高値で売れる」
「へへへ、わーってやスよ」
ヒトガタ。
その一言がマルカに向けられていると、信じたくなかった。
だが、暁の勇者ユイも、将来を誓いあったニイルも、鍛え上げた魔術師としての腕も、信じたい現実は何一つマルカを救ってはくれなかった。
祈っても、願っても、現実は変わらなかった。
マルカは、全てを失った。




