追い落とし
「サバラぁッ!!」
先に動き出したのはニイルだった。
叫びながら槍を構えて駆け出す。骸骨の一体に稲妻の如き突進が突き刺さり、一撃で屠る。
あまりに急に訪れた戦闘にマルカは思考が追いつかない。
ランドリューはどうした、索敵をくぐり抜けられているじゃないか。
こんな敵は見たことがない。どんな魔術が効果があるのか。
杖を構えるより早く、倒しきれない骸骨たちの一体が大鎌を振り抜いた。
死。
覆しようのない死が、点々とマルカの足元を転がった。
先程まで困ったように眉を落としていたサバラが、衝撃の表情のまま、地にあった。
サバラの目と視線が合う。その目は、だんだんと、輝きを失っていっていた。
「マルカ、火だ! 火を撃ってくれ!!」
声にはっと顔を上げる。ニイルは骸骨の群れの真ん中で槍を振り回して敵を斬り伏せていた。
多勢に無勢、このままではニイルまで大鎌の餌食になる。
その焦燥が硬直していた体を無理やり動かした。
大気中のマナを練り上げ、火球を複数生み出し、やたらめったらに撃ちまくる。
着弾直前にニイルが身を躱し、全弾大鎌骸骨の群れに着弾した。
頭に浮かぶイメージのせいで威力が安定していない。駄目だ。駄目だ。このままでは。
「こっちだ!」
炎を背にニイルが駆けてきて、マルカの手を取って駆け出す。
「サバラ、サバラが……」
「無理だ! もう、死んでる。どうしようもない!!」
苦々しげに吐き出された言葉。治療を請け負っていたのはサバラだし、そんなサバラでも死者の蘇生は行えない。
理屈は理解できる。だが、先程まで一緒に話していた、仲間が、死んだのだ。
ニイルはマルカを抱いて駆ける。
練技を纏い、二つ名に相応しく「雷」すら道を譲るほどの速さで駆け続ける。
ルセニアとは逆向き、殿のコマチが居るはずの道。
だが、いくら駆けてもコマチが居ない。
まさかもう、コマチも、なんならランドリューもレジィも、死んでしまったのか。サバラのように。
そして、このままマルカも、ニイルも、死んでしまうのか。
「嫌、嫌……!」
輝きを失っていく目が見つめ返す。その目の主は、マルカに変わっていた。
悲鳴が喉の奥、心の底から溢れた。恐怖に心が染まり上がる。それでも正気を失わなかったのは、ニイルが居てくれたからだ。
「無事だな、マルカ」
「ええ、なんとか……」
駆けて、駆けて、駆け続け。夜の森をやたらめったらに駆け。
なんとか大鎌骸骨の群れから逃げ切り、森の中で一息つく。焚き火を囲んだ時に夢想していた甘さなどかけらもない、二人きり……二人ぼっちだった。
「他の人達は……」
「わからない……だけど、ランドリューも、コマチちゃんも、不覚を取るようなやつじゃない、と思うんだけどな……」
流石のニイルも息が切れていた。当然だ。ほぼ抱きかかえるような形でマルカを連れて逃げ続けていたのだから。
ランドリュー、コマチ、レジィ。安否も分からぬ三人。はっきりしているのは、サバラが死んだということだけ。
もう、何がなんだかわからなかった。
意味もなく涙が次から次に溢れた。
サバラが死んだ。口うるさいが腕は確かで、そこまで悪いやつではなかった。死んでいい人間ではなかった。
そんなサバラが死んだ。あんなにあっけなく。あんなにあっさり、魔族でもなんでもない、魔物なんかに殺された。
サバラの死が、こんなに大きく心にのしかかってくるなんて思っていなかった。
心にかけられた重石の分だけ涙が溢れ出て、嗚咽が溢れた。
「マルカ……辛いだろうが、今は一旦森を抜けよう。
霧が出てきた。見通しの効かない状態だと―――」
ニイルの声がどんどん遠くなっていく。
何故と顔をあげようとして、体がぐらりと揺れ、そのまま力が入らずに倒れる。
体の真ん中を寒気が走る。
まさか、マルカもまた、死―――
「―――、―――」
遠く、音が響く。霧の向こうで何かが動く。それを見ながら、マルカは意識を手放した。




