崩壊の日
○マルカ
面倒なことになった。
穀潰しの斥候兵ミハルを追放したまでは良かったが、勇者であるユイがミハルを連れ戻すと駆け出してしまったのだ。
マルカには、ユイの考えがまったく理解できなかった。
戦闘も斥候も行える傭兵忍者ランドリューを配下に迎え入れたのだ。そいつを使えばいいだけ。
ミハルなんていう前線にも立たないモグラみたいな男、切ってしまえばそれでいいではないか。
「まったく、理解できませんわ」
「ユイ様にはユイ様なりの考えがあるのだと思いますよ」
ミカラ村からルセニアの町へと続く荒れ果てた道を歩きながら、マルカはサバラに愚痴を零す。
斥候にランドリュー、殿にコマチ(協調性が無く、素手で殴ることしかできない脳筋馬鹿力女だ)が立ち、臨機応変に対応できる陣形で歩を進める。何の問題もない。
ユイの不在による戦力低下は気にかかるが、ニイルが居ればそこも問題ない。
事実、一日目の撤退はとても上手く行った。
日が消え、火霊でも周囲しか見渡せない程度になったところで野宿の準備を行う。
本心を言えば野宿など遠慮したいが、世界を救うというニイルの夢に沿うと誓ったのだ、些事は見過ごそう。
とはいえこの撤退はユイの身勝手だ。今後は力技でも前に進ませるべきだったというのは反省している。
「ユイ様はミハルくんのことをなーんか特別扱いしてたもんなぁ」
「そう、そうですわ! あんな愚図をここまで連れてくるのがそもそも間違いなんです!!」
「僕はそうは思いませんけどね。
ミハルさんの索敵能力は頭一つ抜けていましたから、戦闘面での損得以上の価値は有ったと思います」
「何故あんな男の肩を持つの? あんなの、ユイ様の栄光にたかる蝿みたいなものでしょう。
なんなら潰して焼いておいたほうが良かったのではなくて?」
「ハエって、マルカ、それは流石に言い過ぎでしょ」
「いいえ。あんな一人じゃ何もできない男、蝿以下でも過言じゃありませんわ」
「……マルカさんは少し攻撃的すぎます。彼は仲間ですよ」
「仲間「だった」、ね。そこんとこ大事よ、サバラ」
焚き火を囲むのは、奇しくも元雷鳴義勇軍のニイル、マルカ、サバラ。
ランドリューとコマチは変わらず斥候と殿に務め、一緒に居たレジィ(戦う力もほとんど持たない、ユイの好感度稼ぎに忙しい卑しい女だ)は「ランドリューに用がある」と言って三人から離れている。
付き合いが長い分、いつもより気兼ねなく本音で語らうことが出来る。
「ユイ様はミハルさんを呼び戻しに行ったのだから、彼はまだ仲間でしょう。
そもそも僕はお二人と違ってミハルさんに対して不満がありませんでしたので」
「ヒュー! 流石は聖職者、優しいねえ!」
「過ぎた優しさですわ。サバラのそういう態度がミハルごときを思い上がらせたのよ! ですわよね、ニイル様?」
「ミハルくんたら、俺たちに詰め寄られた時、明らかにサバラのこと探してたもんなぁ」
屈託なく笑うニイル。頼もしい姿だった。
サバラはため息を一つ落とし、焚き火に向かい鍋を混ぜる。言い返せないあたり、サバラも本質的にはミハルのような男に近いのかも知れない。
ニイルが特別なのだということは分かるが、サバラに関しては仮にも雷鳴義勇軍の一員だったのだし、もう少し成長してもらいたいものだ。
「さぁ、出来ましたよ」
鍋の中身が椀に掬われ、ニイルとマルカに差し出される。
サバラの料理を食べるのは久しぶりだった。
水っぽくて薄味で、あまり美味しいものではなかったが、これもしばらくの辛抱だ。ミカラと違い、ルセニアには宿屋や冒険者組合がある。
マルカの実家ほどではないが、少しはましな食事も望める。
「僕はランドリューさんたちに持っていってきますので」
両手に椀を持ち立ち上がったサバラを見送りながら、しめたと考える。
久々にニイルと二人きりだ。食事を囲み、寒い夜空の下で二人きり。体を近づけるのにもいい口実になる。
この役得を楽しませてもらおう。
「しかし、今日はやけに冷えますね」
ふ、と。サバラが語る。
その一言に、肉を裂くような音が続いた。
なにか余計なことをやっているのかと視線をやると、背中の中心から大鎌の刃を覗かせたサバラの姿があった。
サバラの奥には何者かが浮いている。
闇色のぼろを身に纏った骸骨。見たことのない魔物だった。
サバラの手から椀がこぼれ落ち、大鎌の刃が焚き火の光で赤く煌めく。
食事を片手に、理解が間に合わず呆然と見続ける。
ふらふらと宙を舞う大鎌を持った骸骨の群れが、呆然としているマルカを見つめ返していた。




