落ちぶれた令嬢魔導師
令嬢魔導師マルカ。
「魔王の鱗」スケイルとの戦いで共同戦線を張った、ニイル率いる「雷鳴義勇軍」の魔導師。
高慢な性格だが、魔導師としての腕前は折り紙付きだった。
その令嬢が、あろうことかヒトガタとして、檻に閉じ込められている。
「へぇ、知り合いかい?」
「……仲間なんだ」
「どうだかねぇ。こいつは、その子の外見を真似ているだけの、魔物かもしれない。そうだろう?」
何があったのかはわからない。だが、「何か」があったのは確実だ。
色々な可能性が頭に浮かぶが、そのどれもがこの結末に至るならば最悪な可能性ばかりだ。
唯一の救いは、ルセニアの町の一件でユイの無事だけは確認できていることだ。
「ミ、ハル……」
「マルカ、なんだな」
檻の中の令嬢は、腕をついて体を起こしながら、静かに口にする。
「早く、助けなさい」
その言葉は、薄汚れて檻に閉じ込められ、人である権利すら奪われようとしているものの言葉ではない。
別れたあの日のままの、あるいは別れたあの日よりも尊大なマルカだった。
「私を……こんなところに、閉じ込めて……絶対に、許さない……お前も、あいつらも……
……そこの、ばばあが、鍵を持っているわ……ぐずぐずしないで、早くなさい」
「おやおや、よく喋るじゃないか。元気があっていいことだ」
老婆は、庭の鳥が囀るのを聞くように笑っている。
「話には聞いてたけど、強烈だな」
ミハルが追放されたあらましを知っているガルグは、珍しい生き物でも眺めるようにマルカを見つめている。
「ヒトガタさん、謝るなら早いほうが良いですよ。
意固地になっても得することなんてなにもないですからね。思ってなくてもまずは謝るんです。下に下にでいきましょう!」
ヒトガタというものがいまいちよく分かっていないムーシャは、何かの折檻でここに閉じ込められていると思ったようで、的はずれな図々しさを発揮している。
ガルグとムーシャ、二人を見て、マルカが瞳を大きく見開き、唇を震わせながら呟く。
「ユイ様は、どこに居るの……
ユイ様は、お前を、探しに行ったんでしょう……
ミハル、お前、こんな奴らと、何をしてるのよ」
「おおっとぉ? お言葉ですねえ。何を隠そう私、ミハルさんの絆の仲間ですよ」
「お前、お前! ユイ様は、どうしたのよ!?」
それまでの様子が嘘のように、ばね仕掛けのように跳ね起き、檻に飛びつき、マルカが叫ぶ。
鬼気迫るその様にムーシャも思わず飛び退り、彼女をかばうようにガルグが一歩前に出た。
「うるっさいねぇ。知ったこっちゃないだろ、勇者なんて。
お前ら勇者団はミハルを追い出したんだろうが。ミハルが誰とつるんでようがミハルの勝手だろ」
「ミハル、ミハルぅ!! お前、お前が、お前がこんなところに居るから!!
役に立たない足手まといのくせに、こんなところでまで私たちの足を引っ張って!!」
ガルグの言葉も聞かず、ただ一方的に叫び続ける。
その目に燃える憎悪の炎は、尋常ならざるものだった。
「マルカ、話を……」
「うるさい、うるさい! お前のせいだ、全部、全部!!
私のことも、ニイル様のことも、サバラのことも、全部!!
うぅ……ううううううううう!!!」
檻の鉄格子を握りつぶさんばかりに握りしめ、大粒の涙をぼろぼろと流すマルカの姿は、彼女の身に起きた不幸をありありと語っていた。




