リウミへ
ルセニアを離れて数日が経った。
ミハル・ガルグ・ムーシャの三人旅は、想像以上にスムーズに進んだ。
その主な理由は、驚くことにムーシャの存在だった。
自称くれりっく?まなくらふたー?のムーシャは、精霊術とも魔術とも少し違った技を使い、ミハルたちの補助に徹していた。
この補助というのが案外勝手がよく、ガルグの反応速度を上げたり、ミハルの罠に追加効果を乗せたりと、特にミハルたちと上手く噛み合った。
また、聖職者の服は伊達ではなく、精霊術によく似た回復術を用いる事もできる。
正規の精霊術ではないようで、回復後に回復を受けた側もムーシャも空腹になる副作用があったが、それでも非常に役立った。
ミハルが敵の接近を感知し足止めや戦力削りにかかり、その間にムーシャがガルグに補助を積み、合流したガルグが敵をまとめて叩き潰す。
旅路は非常に安定し、まるで遮るものなどなにも居ないように歩をすすめることが出来た。
「いただきます!」
道中、敵よりなにより印象的だったのは、ムーシャの食事だ。
「なんていうか、ムーシャは本当に幸せそうに食うよなぁ」
二日ほど経った頃だ。
常々思っていたことをミハルが口にすると、ムーシャは満面の笑みで答えた。
「ミハルさんの料理、美味しいですからねぇ。私断然ミハルさんのこと好きになっちゃいましたよ!」
冒険中の料理なんて血抜きだ臭み消しだくらいの「不味くならない工夫」が大半で、料理と言っても町の宿屋ほど美味しいものを出しているわけではない。
冒険を続けてきた分だけ匂い付けの野草や味付けの技には詳しいが、それくらいだ。大味で大雑把な料理が大半になる。
だが、どんな料理を出してもムーシャは必ず「私、これ、多分大好きなやつですね」と言いながら美味しそうに平らげるのだ。
作った側としては冥利に尽きるというか、あれだけ美味しそうに食べられたらなんとなく誇らしい。
印象的なのはそんなほのぼのとした風景だけではない。
「ていうかムーシャ、お前味分かってたのか?」
「上の口は味わう用なので! 下の口はあくまでお腹を膨れさせる用ですもん」
ガルグの素朴な問いに、ムーシャは胸を張って答える。
原理はわからないが、それでも納得はできる言い分だった。
一日経つ頃にはムーシャもお腹の口を隠そうという意識はすべて消えさっており(もともと有ったのかは不明だ)、ミハルたちとの食事の時にも普通に下の口でも食事をするようになっていた。
その下の口での食事がまた衝撃的だった。
倒した魔獣のうち売るもの以外は食事に回したが、ムーシャは食事に回したものも含めて倒した魔獣の全てを平らげた。
単純に体が大きなもの、毒があるもの、棘があるもの、悪臭を放つもの、すこぶる硬いもの、精霊に身を包まれたもの、人間が食べれば軽くない衝撃を受けるものの数々も、お腹の口でばりぼりぺろりだ。
ミハルとガルグが必要量を食べた後は、ムーシャが骨まで平らげる。
おかげで死骸の始末だなんだと苦心することもない。
それでいてムーシャはほっこりと顔をほころばせて「いやぁ、冒険者って幸せですねぇ」なんて呟く。
見れば見るほど人間ではないが、本人が幸せそうなので特に何も言わなかった。
「自由な旅ってなぁ、なんだ、すこぶる面白いもんだな!」
「そうか?」
「そうさ。あれこれ言われずやりたいことやって、くだらないこと話しながら好きなもん食って……
これよこれ! オレが求めてたのはこういうのなんだよ!」
「ガルグさんって魔物倒すのすら楽しそうですもんね」
「楽しいさ。今ならもちもち転がすだけでも楽しめるぞ」
「おおっとぉ? 私転がしても私には楽しいことなどありませんよぉ?」
ガルグもとても楽しんでいる様子で、よく笑っていた。
ふざけるように時折ムーシャのことを「もちもち」と呼び、彼女のことをよく気に入っている様子だった。
いつもにこにこ笑顔のムーシャに、楽しげによく笑うガルグ、つられてミハルも笑ってしまう。
楽しい旅というのは、随分久しぶりな気がした。
そんなこんなで旅を続ければ、目的地にもたどり着く。
リウミ。
無法者たちの交差点。
遠目に見えたその場所は、廃墟の町という有様だった。
おそらく、魔獣と魔物に蹂躙された、かつての町の残骸なのだろう。
周囲から存在を隠すために大規模な気配隠蔽の術式が施されているようだ。敵性探知ほどではないにせよ空間知覚にもそこそこ長けたミハルが、町の全容をぼんやりとしか感じ取れない。
だが、確かに、その町に息づくものたちの存在は感じ取れる。
「ムーシャ、こっから先しばらくは下の口出すなよ。見世物小屋に売られるぞ」
「ひぇ~」
「ミハルも。ただの余所者だと思われたらあれこれちょっかいかけられかねない。オレから離れるなよ」
「了解」
埃っぽい空気に包まれた町に一歩を踏み込む。
町に居る人々のぎらついた視線が、ミハル達に注がれた。




