ムーシャという存在
日が出きる前にガルグが目を覚まし、その後かなりの時間を置いて、日が出きってからムーシャが目を覚ました。
「いやぁ、いい朝ですねえ!」なんて言いながら起きるもんだから、あれこれ気を揉んでいるミハルがなんだか馬鹿らしくなってきた。
「ムーシャ、お前寝ぼけてオレたちの手ぇ食おうとしてたぞ」
「へぇ? そうなんですか?」
「気をつけろよ」
「大丈夫ですよ、私、神父様から「頼むから人間だけは食べるな」って教えられてるので!」
「そうか? 結構ぱくっといってたぞ」
「あー、それはあれですよ。なんか口寂しいというか」
「自分の手にしろ、自分の手に」
「がんばります~」
なんと切り出すかを考えている間に、ガルグがぽんぽんと話を進めていく。
「うし、じゃあ飯食いに行くか!」
そのまま流されそうになったので、慌てて二人を止めて切り出す。
「その前に……ムーシャ、その口何なんだ?」
ミハルの視線に合わせて自分のぽよんぽよんの腹部に視線を落とし、もう一度視線を持ち上げてミハルを見つめた。
「生まれつきなんです。不思議ですよねぇ」
そう言ってぺかっと笑い、そのまま着替えはじめた。
とりあえず視線を外す。
外した視線の先ではガルグがミハルを見つめていた。
「そんなに気になるか?」
「魔物が人に化けてるとかだったら大問題だろ」
「ムーシャが魔物……まぁ、あるかもな。あんな口が付いてるし」
ガルグは肯定し、続ける。
「とはいえよ。ムーシャが魔物だったとして、なんかすんのか?」
「なんかって……」
「仮に魔物だったとして、だ。
その気になればいくらでも人を襲えた状態で、人に抱きついて飯を食わせてくれとピーピー泣いたり寝ぼけてちゅぱちゅぱ手をしゃぶるだけなら、現状人を襲う気はそこまでないわけだ。
その上根無し草同然のオレたちについてきたいってんなら、町に潜んであれこれ企むだなんだと考えてるわけでもない。
じゃあ別に、腹に口がついてるだけのもちもち玉だろあんなん」
やや驚いた。
ガルグはなんとなくで流しているわけではなく、彼女なりの理屈に従い「ムーシャは無害」と判断して流していたようだ。
ミハルも一旦立ち止まり、考えてみる。
ムーシャは身分証を所持しているし、聞けば神父様という人の元で育てられたという。
出自がどうあれ、彼女を人間として認めたい誰かが居て、彼女も人間として暮らそうとしている。
魔物が人の姿をしていたとしても、無害ならば別に問題はない、のだろうか。
心の奥のひっかかりは、ムーシャが昨日何気なく勇者を語る際に口にした「最善良」という単語。
きっとミハルだけの違和感。ただの違和感であればそれ以上何かを言う必要はない。
「おまたせしました! なんか真面目なお話ですか?」
聖職服に着替え終わったムーシャがぽてぽてと寄ってきて尋ねる。
いまだ拭いきれない疑念をひとまず飲み込むために、ミハルは一つだけ、ムーシャに問い返す。
「なぁ、ムーシャ。一つだけ聞かせてくれないか?」
「好きな食べ物ですか?」
「いや……お前、なんで俺たちについてきたいんだ?」
問われたムーシャの表情から、ふんわりとした雰囲気が消える。
「……そうですね。お腹の口も見られてしまったし、お二人には話しておかなきゃなりませんよね」
いつになく真剣な顔をして、ムーシャが声を鎮めて話しだした。
ミハルも、ガルグも、ムーシャの言葉を待つ。
「これは内緒なんですけど……
私、お腹の口の分もお腹が空くんですよ」
「は?」
「だから、冒険者の方についていけば、その……えへへ、魔獣を狩った時とかに、お腹の分まで食べられるかなぁと。
ミハルさんは優しそうでしたし! ガルグさんは強そうでしたし! 二人組で見たところ人手も足りてなさそうでしたので!
これはもう、この人達しか居ないなと!!」
ミハルはガルグを見て、ガルグもミハルを見ていた。
色々な感情があったが、とりあえず思ったことは通じ合っていたはずだ。
この言葉はきっと真実だ。だから、もう少しだけ、様子をみてみよう。
「じゃ、飯食いに行くか。そんで、飯食ったら出発だ」
「了解」
「大賛成です! ちなみに朝は何食べるんですか?」
「そうだなぁ……ミハル、なんか食いたいもんあるか?」
「私お肉好きですよ、ミハルさん!」
「……なんで今その話を?」
「ミハルさんが決める流れみたいなので、アピールを!」
「じゃあ魚」
「わぁっ! 私お魚も大好きなんです!!」
「ていうか、もちもち、お前嫌いなモンとかあんの?」
「食べられないものですねぇ~」
「それは俺でも分かるかなぁ」
「理解を得ました! これが仲間の絆ってやつですね!」
わいわい話しながら宿を出る。
気になることはあるが、ひとまず、しばらくはこの三人で一緒に旅をしてみよう。




