時間がほしい
「勇者っていうと、今回の最善良の方ですか?」
「ミハルの昔の仲間だよ」
「へぇー。ミハルさんって、案外凄い人なんですねぇ」
「あいつのお仲間はそう思ってなかったみたいだけどな」
やいのやいの言うガルグとムーシャを背に、手紙を読む。
『ミハルへ。
この手紙を読んでくれていることを願う。
ニイルたちを止められず、君を引き止められなかった私を許してほしい。
どうか、また一緒に旅をしてほしい。私には君が必要だ。
私はこれから近隣の村を巡り、二十日ほど後にまたこの町に帰ってくる。
だから、それまでこの町で待っていてほしい』
簡潔で、飾り気のない、勇者ユイらしい文章だ。
どんな気持ちでこれを書いたのか、少し歪んだ筆跡だけでは真意の程は見えない。
宿屋の主人によればユイは一人で泊まったという。
加えて、他の団員がどう言っているのかなどは書かれていない。ニイルやマルカが納得しているとは思えないが、説得をしたのだろうか。
ユイは勇者の力を抑え込むために極力感情を表に出さないようにしている。そんな状態であの二人を丸め込めるほど弁が立つわけではない。
そもそも、ランドリューの加入に端を発する今回の騒動。そこには少なからずユイの決断があったはずだ。
引き留めようとしてくれるのは、勇者としての義務感からか。それとも。
いまだに振り切れない感情が、手紙に視線を落とした分だけ胸のうちから湧き上がる。
「お優しい勇者様だな」
声に振り向く。ミハルの肩越しに覗き込んでいたガルグは、毒づくように吐き捨てた。
「返事書いといてやるよ。ミハルを取るか、他の仲間を取るか選んどけって」
「やめてくれ。もっとややこしくなる」
「じゃあ私に任せてください。私の知り合いへの紹介文を書いて置いときますので」
「もっともっとややこしくするのもやめろ」
気持ちの整理はつかないが、聞けばユイが発ってからまだ一日程度らしい。
少し考える間はある。
三人で一部屋を借り、思い思いにくつろぎながら今後についてを話し合う。
「んで、どうすんだ?」
「とりあえず……明日からは目標通り、リウミを目指そう」
「リウミってどこです?」
「オレたちの目的地だ」
「へぇ。そうなんですね。じゃあ私の目的地もそこですか?」
「まぁそうなるな」
ぽやんとしたムーシャの言葉に適当に相槌を打ちながら、ガルグが続ける。
「それより、勇者様は置いてっていいのか?」
「いいさ。もともとガルグと約束してたしな。
それに、リウミまでの道程がガルグの記憶通りなら、勇者様が帰ってくるまででぎりぎり往復出来るはずだ。
勇者様とのことは、もう少し考えさせてくれ」
先延ばしにするようだが、決心したことと、決心したことを実際に行動に移すこととでは、難しさが違うのだ。
ともかく今は、時間が欲しかった。
ミハルがニイルたちの感情を受け止め、飲み込めるだけの時間。
ミハルが自身の決意をそのまま貫くための力を手に入れる時間。
ミハルが今までの殻を突き破り、暁の勇者の傍に立つにふさわしい人間になれるまでの時間。
「勇者と会う時はオレも同席させろよ。
勇者様がどんだけ偉かろうが、気に食わない相手にオレはミハルを譲る気はない」
風呂での約束もあってか、ガルグは思った以上にミハルに肩入れしてくれる。
旅立ち早々に岐路に立ってしまったミハルにここまで言ってくれるのだから、いい親分を持ったものだ。
「ミハルさんに何があったかは存じませんが、嫌なことはやる必要ないと思いますよ。
私はガルグさんとミハルさんと三人旅でも困りませんしねぇ」
まるで真理を説くようにムーシャが語る。図々しいことを言っているだけだが、身に纏う聖職着のおかげでなんだか堂に入っている。
そして、先行きに不安を感じるこの場面では、彼女の図々しさと薄っぺらさはなんとなく心地が良い。
彼女自身が身にまとっている雰囲気もあるのだろうが、やはりミハルはムーシャのことが嫌いではなかった。




