森に潜むもの
○ガルグ
山賊は鼻がきかなくてはならないというのは、憎たらしい親父の言葉だ。
その言葉を理解しようと努力したことはないが、感覚的にその意味を察する時がある。
山賊・ガルグにとって今がまさにその時だった。
瞬間、森の空気が変わった。
何者かの視線を感じる。
そして、その人物のものであろう形跡をそこかしこに感じる。
いや、感じるようになったといったほうが正しいか。
「お頭代理、どうしたんですかい?」
お頭代理と呼びやがったアホに舌打ちで答え、鳥の声に似せた口笛で子分五人に周囲への注意をうながす。
子分たちが訝しげに周囲を見回す。何も感じるところがないらしく首をかしげる者まで居た。
武器を小回りのきく剣に持ち替え姿勢を低く構える。
ただ木々生い茂るだけの森の中に居るはずなのに、身を舐めるようなこの圧迫感。
気づかぬうちに胃袋に収められたような不快感で嫌な汗が一筋落ちる。
「魔獣でも―――」
言いながら不用意に一歩を踏み出した子分Aが逆さになって宙を舞う。
なにかの紐で釣り上げられたようだ。宙で揺れながら天に突き上げた足をつかもうともがいている。
視界の端で茂みが揺れる。足音が響く。何者かが駆ける。
「誰だ!!」
追おうと駆け出した子分Bがずっこける。
目を凝らせば、足元の草が高低様々な高さで半円を作るように結ばれている。
意識しなければ足を取られ、子分Bの二の舞だろう。
懐から手のひら大の短刀を取り出して二本放る。一本は釣られた子分の足を拘束する紐へ。一本は駆ける何者かへだ。
一本は命中。一本は空を切る。拘束を解かれた子分Aが落ちてきて大きな音をたてた。それが合図になった。
風を切る音が駆ける。夜空に「何か」がばら撒かれ、同時に赤い光が森の奥から飛んでくる。
火矢だ。だが狙いはガルグたち六人ではない。先んじて夜空に撒かれた「何か」だ。
空中で「何か」に火が灯り、一瞬で空が明るく照らしあげられた。
急な明かりと舞い落ちる火の粉に子分たちが驚愕し距離を取ろうと駆け出す。そして足元の罠に引っかかって全員がコケる。
適応力がなさすぎる。親父も呆れるわけだ。
「ちぃッ!」
武器を持ち替え、空に放る。火の粉を吹き散らしながらブーメランが冷たい空気を切り裂く。
何かを切る音が響き、同時にいくつかの罠が作動する。足元を意識して跳躍して避ければあれに引っかかっていたということだ。
ブーメランの軌道を追って跳躍。同時に子分たちが悶絶しだす。
鼻をつく刺激臭。何をされたか理解は出来ないが、吸い続けていいことはないのは明白だ。
息を止めつつ、木の幹に着地。幹に刺さっていたブーメランを回収し、気合を込めて刺激臭の方向へ再度投擲。近寄る空気を巻き込んで切り裂き飛んでいく。
まばたきほどの間をおかず新たな武器に持ち替える。今度は得意の大斧だ。
大斧をブン回す。周囲の木々が綺麗に両断され、視界が少し開ける。敵の姿は見えない。
開けた視界の向こうでは、子分たちはまだもがいている。
よく見れば、網のようなものがかけられている。あの悶絶っぷりに網まで投げられては、戦力としては数えられまい。
「不甲斐ないねぇ、まったく」
言葉と裏腹に、心は躍っていた。
何者かもわからぬ敵に、ガルグは期待を寄せていたのだ。
こいつなら、あるいは。
ガルグに翼を授けてくれるかもしれないと。




