旅立つ前に
○ミハル
顔が痛い。
背中も痛い。
息苦しい。
夢うつつの中からでも思考を取り戻せるほどの不調だった。
口から思わず漏れたうめき声が傷に響く。
じんじんと感じる痛みで眠気が削ぎ落ち、思考がどんどん冴えていく。
「勝った、んだよな」
ギルゲンゲの宣言を聞いたあとの記憶がない。
戦っている最中は気分が高揚していて気づかなかったが、流石に練技の拳とその勢いでの木への衝突は多大なダメージだったようだ。
緊張の糸が切れ、その後気を失っていたんだろう。
「よう、起きたな」
痛みに耐えながら身体を起こしていると、声を聞いてガルグがひょいと部屋の奥から顔を出した。
荷造りをしているようで、武器と思われるものだけで壁を隠すほどに立てかけられている。
「良かったよ。親父が「本気で殴った」って言ってたから、死んだかもって思ってたんだ。
丸一日くらい寝続けてたし……なんか食うか?」
「ああ……うん。頼む」
出されたものは、魔獣の肉を焼いたものや切っただけの果実、木製のコップになみなみ注がれた酒と言った「これぞ山賊!」というような料理だった。
更にこれでもかと盛られた量や種類から見れば、これはきっと豪勢な食事に違いない。
「頭領特権さ」と笑うガルグ。長くは残らないのだから、少し贅沢してから旅立ってやろうと思ったと続けた。
とりあえず胃に優しそうな果物を口に入れたところで、外から声が聞こえた。
顔を出したのは子分の一人だ。起きているミハルを見て、屋外で待っている同行者に敬語で声をかけた。
声に従い姿を表したのは、見ただけで心臓がぎゅっとしまるくらいに嫌な記憶を叩き込まれた禿頭だった。
「おう、来たぜぇ、坊主」
「あ、はい」
ガルグに視線で助けを求める。ガルグは隠そうともせず言い切った。
「親父が話があんだとよ。まあ相手してやってくれや」
「えぇ……」
困惑しかない。溢れた言葉にも困惑の雰囲気が色濃く漂っていたはずだ。
そっと恐るべき禿頭・ギルゲンゲを見る。
なんだか肌がつやつやしている。初対面の時に感じた強烈な獣臭もしない。
不思議に思ったミハルの心を呼んだように、ギルゲンゲは心地の悪そうな声で言った。
「風呂に入ったのは、随分ぶりでなぁ……小綺麗になっちまったが……まぁ、そう見んな。
俺様の風呂事情なんざ、オメェも興味ねぇだろ」
ちらりとガルグの方を見る。にやにや笑っていた。
頭領特権で随分やりたい放題をやっているようだ。
少しだけ気の毒に思いながらギルゲンゲの方に身体を向ける。ギルゲンゲもまた、白い瞳をぎょろりと動かし、ミハルを見据えた。




