流浪の忍者ランドリュー
夜が終わり、昼が来て、その頃にユイも少しだけ眠り。
そうしてようやく、ミカドを離れる時が来た。
「さてと……皆さん、忘れ物はありませんね?」
遠くに見える山をまっすぐ見つめ、ムーシャが口にする。
旅支度道具と一抱えはある食料、そしてギランの杖(「魔杖・宵ノ口」というらしい。元々はムーシャの持ち物だったそうな)を背負い、準備も万端という様子だった。
「どっちに行く気だ。王都領はあっちだぞ」
「おぉっとぉ? 目的地を忘れてしまってましたねぇ」
その横に立って本来の進行方向を指差し伝えるのはガルグだ。
大戦斧・閻魔と愛用のブーメランを背に、体中のいたるところにミカド城から拝借した武器を備え、まるで一人で砦攻めでも始めるかのような出で立ちだ。
「……ようやく、だ」
二人を見ながら、ユイは口にする。
突然のことの接敵から国一つを揺るがす決戦へ、と随分な大立ち回りをしてしまった。
だが、この大立ち回りも無駄ではなかった。ランドリューと会ったことでミハルの無事と様子を知り、ミハルの目指す場所を知ることができた。
当て所もなく探し回ることを考えれば、最短経路だったとすら言える。
あとは、ミハルが向かったというズレイゴス村を経由してルセニアに戻る。それだけだ。
それだけで、あの日の続きにたどり着ける。
ミハルとユイの旅が、再び始まる。
「おお、御方々お揃いでござるな」
突然の声。同時にぼこりと地中から顔が飛び出す。見慣れた黒覆面、ランドリューだった。
ランドリューはそのままもりもりと地中から這い出て、いつもの目元だけの笑顔を浮かべる。
「おや、忍者さん。また面白い出方ですね」
「ははは、こうでもせんと他の奴らに見つかってしまうでござるからな。
見つかればあれやこれやと煩わしい故、地中深くを来た次第にござる」
「なんだ、やましいことでもしに来たか」
「まさにその通りにござるよ」
忍装束についた土を払い落としながら、ランドリューが続ける。
「拙者、ミカド復興一抜けでござる。ぜってぇ面倒なだけ故、逃げることにしたんでござる。
それを抜いても王都領に所用がある故、どうせなら御方々の道案内でもしてやろうかな、と思ってな」
「つまり、逃げる手伝いをしろ、ってか?」
「いやいや、善意でござるよ、善意。こう見えても拙者、当代最強の忍者でござるよ? 一人でも逃げるなど造作もないこと。
御方々には大変世話になった故、どうせ同じ王都領を目指すなら力にもなれようという、心の底からの善意でござる」
ニンマリ笑うランドリュー。相変わらずの人を喰ったような言い回しで、本心は見えない。
ギラン無き今嘘を付く理由はないだろうから、道案内を行うという申し出自体は真実なのだろうが。
それにしても、よくよく掴みどころのない会話である。
「用事って?」
「ん? まあ、ごくごく個人的な用でござるよ」
ユイが問えば、そこでようやく貼り付けたような笑顔を崩し、本心を覗かせた。
「友達に、会いに行くんでござる」
いつも浮かべるものより随分穏やかに目を細め、ゆっくりとランドリューが語る。
「かつて友に、いつか一緒に旅をしようと誘われていたでござる。
ギランの支配を逃れ心身共に身軽になった故『お待たせしたでござるなぁ、いざや共立ち旅に出ようぞ!』と彼のもとに駆けつけよう、とまぁ、そういうことでござる。
ただまぁ、御方々を置いてきたと話したり、御方々から置いていかれたと話されたら、友も良い顔はせんと思ってな。そりゃー拙者も嫌でござるし。
戦闘も索敵も出来てズレイゴスまでの最短距離を知る案内役でござる。役に立つと思うでござるぜぇ、ユイ殿ぉ」
話の内容でなんとなく察した。ランドリューもまた、ミハルの元を目指しているのだ。
人手は多いに越したことはないし、ランドリューがいれば地図を引く時間も魔獣や魔物との交戦の時間も短縮できる。断る理由は存在しない。
「ガルグ、ムーシャ」
「いいんじゃないですか? 楽できるならそれに越したことはないでしょう」
「……この忍者、その気になればオレたちに見つからないように隠れながらついてくるくらいやるだろ。
視界の端でニヤニヤされるくらいなら、いっそ目の前に置いといたほうが楽だ」
「おーおー、すげぇ扱いでござるなぁ! して、ユイ殿、いかがか?」
「二人がいいなら、それでいいよ。私にも断る理由はないし」
「うし、じゃあ決まりでござるな! よろしく頼むでござるぜ。
ということで、早速参るでござる! 三者御方々、進むでござるよ!」
からから笑い、先頭に躍り出るランドリュー。
そしてそのまま迷いなく駆け出し、みるみるうちに豆粒ほどの大きさになるまで遠くに駆け出してしまった。
「おおっとぉ? あれに追いつくんですか、私達?」
「ああやって先の索敵もしてくれてるんだよ」
「それに、ようやく自由になったんだ。じっとしちゃいられないんだろ」
「ふぅん。そんなもんですか。
私はてっきり一秒でも早くミハルさんに逢いたいのかと」
「それも含めて、だ。なんでもやっていいってなると、なんでもやりたくなるもんだ」
逸る気持ちが抑えられないのはユイも一緒だ。
だから、進もう。自分勝手な独走ではなく、四人の全速力で。
……
……
四人でズレイゴスを目指し始めて何度目かの夜。そろそろズレイゴスが見えるだろうという頃。
「ところで、お二人は暁の勇者団ではないでござるよな? 何故ユイ殿と旅を?」
「ミハルに会いに行くって理由が一緒だから、二人と一緒に旅してるんだ」
「ほおう、ではこの集まりは暁の勇者団ではないんでござるか」
「山の幸探検隊ですよ。私が隊長のムーシャ・モーシャです」
「ユイが率いてるわけじゃねえからな。ちなみにオレが隊長で、コイツは自分のことを隊長と思い込んでる非常食」
なんてやりとりを聞きながら、四人で食事をする。
ランドリューは食事を終えれば短時間の休養を取り、その後夜警に立つ。
ランドリューが夜警に入ればムーシャ、ガルグ、ユイの順で休養を取る。
行軍と休養、その合間の時間。その話は、突然飛び出した。
「暁の勇者団といえば……ユイ殿、あれ以降でレジィ殿には会ったでござるか?」
「レジィ?」
ズレイゴス村出身のレジィ。弓を使った狩りを生業にしており、スケイル討伐後に暁の勇者団に入団した少女だ。
甲斐甲斐しく他者の世話を焼いており、団の中では珍しくミハルに対しても分け隔てなく接していたのを覚えている。
「まぁ、ここにレジィ殿が居ないってことが、会ってない証拠でござるか。
会ってたらこんなことにはなってなかったでござろうしなぁ」
ぽりぽりと覆面の上から頬を掻くランドリュー。
その様子は、彼にしてはなんとなく「言いづらい」というのが全面に伺えるものだった。
「レジィさんってのはどちらさまです?」
「やべー女でござるよ」
「あのぼっくり頭やさっき聞いたコマチってやつよりもやべーのが居んのか、勇者団」
「あの二人とはやばさの方向性が異なるでござるなぁ。
マルカ殿は素の性格が根本からやべぇし、コマチは存在そのものがやべぇ。レジィはまったく、頭のおかしい、ギランの内通者として潜入していた拙者から見ても理解不能という意味での『やべーやつ』でござる。
なにせ、ミハル殿追放を裏で糸を引き、拙者とコマチの離反を企てて暁の勇者団壊滅のお膳立てをした張本人でござるし」
「は?」
ユイの間の抜けた声が響く。
思いがけない言葉だった。
ミハルの追放に関与したのはニイルとマルカだったと聞いている。
それはニイルとマルカ本人が話していたし、誰も否定はしなかった。だからそうだと信じていた。
そこに、レジィ。なんで彼女が関わってくるのだ。
「レジィが……なんで……?」
「さあ? 本人は『ユイ様のため』って言ってたし、本人に聞いても『これ以上話してる暇はない』としか答えてくれなんだ。
ただ、事実として拙者とコマチ殿はレジィ殿に唆され、暁の勇者団は魔物の接近に気づけず崩壊。やべぇ奴には変わりねえでござろう?」
「性格最悪の馬鹿女とその女に煽てられて浮かれてミハルを追放した馬鹿男。勇者の命を狙う戦闘狂に、魔族の内通者。その上よく分からん理由で団員殺しの策を立てたレジィってやつ。
いよいよろくなやつが居ねえな、勇者団」
「よくミハルさんが抜けるまで旅出来てましたね。誇れる人間性皆無じゃないですか」
「マジにそれでござるよなぁ~」
ランドリューはけらけら笑っているが、ユイには笑えるほどの余裕がない。
レジィが何者なのか、不明な正体にふとかつて自身が置いてきた思考が掘り起こされる。
消えたマルカとマルカを引き取った女性。ユイでも、コマチでも、変装したランドリューでもないとなれば、その女性はレジィ以外にありえない。
レジィは、何をしている。何を狙って動いている。
いきなり飛び込んできた正体不明の情報にユイの感情が荒立つ中、その音が、聞こえた。
例えるならば、ミカド城崩壊の音だ。
激しい衝撃で地面がえぐれ、周囲の物が乱れ吹き飛ぶ音だ。
耳が裂けるような激しい音に、その後ついてくる風のうねり。
戦闘と呼ぼうにも荒々しすぎるその音に、一瞬「敵」という単語が浮かぶ。
だが、瞬時に見たランドリューの顔も驚愕に染まっている。敵ではない。ならば火霊の暴走で山が砕けたのか。
耳の内側を引っかかれているような感覚が消えるより早く、その場に居た三人に聞こえるようにこう叫んだ。
「行こう!」
音の方向も、風の方向も、どちらもそろってユイたちが進んでいた目的地……ズレイゴスの方だ。
ズレイゴス村になにかがあったのか。ミハルは無事なのか。村の被害は。
考え始めれば、足は止まらない。
ランドリューが並べていた荷物を瞬時に片付けて背負い、ガルグが囲んでいた火を消しながらムーシャを担ぎ、ムーシャが並んでいた食事を全て腹の口に突っ込み。
もはや後のことなど何も考えず、全員が全速力で駆け出す。
小高い丘を滑るように登り、そして、丘の頂上からはるか遠方を見渡す。
視界の向こうの夜空が、橙色に染まっている。
遠い夜空に光が煌めき。
光の数だけ音が破裂し。
そのたびに煙が上がり。
光と、音と、煙の根本。
ズレイゴス村が燃えていた。
第8章はここまでです。




