暁星
風呂を上がり、ユイたち四人はつかの間の自由行動に移る。
ガルグは武器と防具の手入れと、城跡地の物色を行い破損した武器の代わりになりそうなものを物色すると話して歩き出し。
ムーシャは小腹がすいたと言って再び食事へ。
ランドリューは「忍者達の様子を見てくるでござる」と話して姿を消し。
ユイはこれといってやることもなく、寝床として確保した居室に座り一人でぼんやりと過ごしていた。
戦闘の余波でひび割れた壁から風が吹き込み、歌うように淋しげな音を奏でる。
夜風が湯上がりの肌を撫でる。少しずつ、少しずつ、心が冷え込んでいく。
戦闘の熱も、湯の温かみも抜け、心が闇夜に溺れていく。
ユイは夜が苦手だ。
かつてとは比べ物にならないほどに強くなり。勇者に相応しい「最善にして最良なる者」の力を手に入れ。前に進む心を手に入れ。
それでも、幼い日に心に刻まれた傷跡は、消え去るものではない。
一人になればいつだって、闇夜に怯えていたあの日のユイが顔を出す。
魔王の翼よりも、魔王の剣よりも、魔王の瞳よりも色濃く残るユイの恐怖の形が、夜だ。
勇者としての頭角を表したと言っても過言ではない今ですら夜になれば膝を抱いて部屋の隅に座り込み、眠ることもできずにぼんやりと過ごす。それほどに夜への恐怖は深く根を張り重く心を縛り付けている。
「……ミぃくん」
一人になってしまったあの日から、夜のたびに口にしてしまうその名。
かすかにふれあい、そしてまた離れてしまった、ユイにとって何よりも大切なその名。
ギランという大きな壁を乗り越え、ようやく辿り着けたミハルへの道。
この夜を超えれば、きっとその先に、ミハルが居る。
そう考えると、夜風の寒さや闇の暗さの中でも、たしかに明るく暖かい気持ちを抱くことができた。
壁の隙間から、星が覗いている。ギランの支配を断ち切ったおかげで、この空に星を遮るものは何もない。
柔らかな星の明かりで、部屋がぼんやりと照らされている。。
昔、ミハルから星の成り立ちについてを聞いた時、星は太陽を追いかけているんだと思った。
太陽の失敗作を誰かが夜空にばらまいた、と幼いユイへの寝物語として屋根の上でミハルが話し、それが、どうにも心を締め付けたのだ。
会えないと分かっていながら、毎日互いを追いかける太陽と星のことが、幼いユイには可哀想で仕方がなかった。
会えないなら諦めて立ち止まればいいのに。立ち止まればいつかどちらかが追いかけてきて会うことができるのに。
お互いがお互いへ追いつこうとしているから。お互いがお互いを想っているから、一人ぼっちの太陽と、砕かれた太陽の欠片たちは、会えずに居続けるしかない。
寝物語の向こう側、昼と夜の心に触れた気がして、悲しくなってしまった。
今のユイには、あの頃のユイよりもミハルの語った話が深い部分で理解できる。
会えないと分かっていても。立ち止まればいつか会えるかもしれないと言われたとしても。
星は、それでも夜明けを目指して進まずには居られない。
いつかばらばらに壊れてしまったあの日を忘れられず、いつかきっと会えるその日を信じて、背を追い続けずには居られないのだ。
ユイはきっと、寝物語に聞いた夜空で薄くまたたく星みたいなものなんだろう。
夜に怯え、自分の心の拠り所を探し、再会だけを夢見て夜を駆け続ける。
夜に飲み込まれて消えそうな程に弱くてちっぽけな、崩れてしまった「あの日見た輝き」の模倣品。
「……それでも、もうすぐだ」
膝を抱く腕を、星の灯に向けて伸ばす。
ユイと星との違いは一つ。
ユイの再会はもうすぐそこにある。今までの旅路を考えれば、ミハルの背はユイの指先まで近づいてきている。
ミハルはニイルと一緒にズレイゴスを目指し、ユイはガルグやムーシャと共にズレイゴスへ向かう。
ズレイゴスが駄目でも、その先のミハルの行く先はルセニアと決まっている。ここから先にすれ違いはない。
「闇がなきゃ星も随分見やすいな。今にも掴めそうだ」
足音とともに現れたのはガルグだった。
背中には大荷物を背負っている。ガチャガチャと音を立てているのを聞くに、あの中には城中からとりあえず拾った使えそうな武器が入っているのだろう。
「どうせ眠れないんだろ。だったらちょっと手伝え。
ありったけかき集めてきたから、こっから良さそうなの探すんだ」
「うん。手伝うよ」
ユイの横に座ったガルグが風呂敷を広げ、中に詰めてきた武器の山を星明かりに晒す。
側に置いてあった燭台に火を灯し、星明かりよりも確かな明度で世界を照らす。
並べられた武器の数々は、ユイの心の闇なんて吹き飛ばしてしまうみたいに、どれもこれも物騒に輝きを讃えていた。
「さっすが忍者の本拠地。あるわあるわ、見たことない武器がわんさかだ。
つっても、ぱっと見ただけじゃ使い方分からんやつもあるみたいだがな」
「クナイ……あ、これ、これは使いやすかったよ」
「忍者用の短剣みたいなもんか? ふぅん、形が違うわけだな。
取っ手と剥き身の刃だけで斬るもよし投げるもよし。短剣よりもよく飛びそう……だッ!」
ユイの差し出したクナイを手に二三度振ってみて、その後に話しながら壁めがけて投擲する。
短剣よりも疾く鋭く風を切りクナイが壁に突き刺さると、ガルグは「おお」と感嘆の声を上げた。
投げた感覚が大層気に入ったらしく、ガルグは広げた武器の山から丁寧にクナイを拾い上げ、横に並べていっている。クナイは持っていくことに決めたらしい。
「……今更だけど、これって持っていって大丈夫なの?」
「別にいいだろ。これもギラン倒した報酬代わりさ。ユイもなんか持ってくか?」
「私は……『逢魔刻』が一番いいかな。他の武器だと『最善良』使ったら壊れるし」
「まあ、そうか。なんなら拾った木の枝でも一回だけは全力でぶった斬れるわけだしなぁ。便利なんだか、不便なんだか」
言いながらガルグはクナイを並べ、その後別の武器らしきもの(鳥の鉤爪のような形の鉄針を三本纏めたものだ)を構えている。
そして、思い出したように口にした。
「そういや、決まったのか?」
「何が?」
「名前だよ、名前。天下の勇者サマの武器の名前がずっと『逢魔刻』ってわけにもいかないだろ」
先の会話でも自然に使った「逢魔刻」という言葉。
元々は魔王の眷属である魔族の一体、「魔王の剣」ゼットが使っていた頃の武器の名であり、意味合いとしては日没頃かつ夜の始まりを表している。
どちらにしても、夜に立ち向かう勇者の武器としては不釣り合いな名前であることに違いない。
名付けよう、名付けようと考えていて、いよいよ魔族を倒すまで先送りにしてしまっていた。
「どうする? ぽかぽか斬りにするか?」
「……うーん、それはさすがに……」
首を捻り、考える。
しばらく考え、ふと、先程思い描いていた星と太陽の物語が思い浮かんだ。
夜を切り裂く星の剣。
夜明けに輝く星の剣。
太陽と出会う星の剣。
ならば、その名は。
「『暁星』……で、どうかな」
魔剣・逢魔刻。改め、聖剣・暁星。
ミカド独特な草織りの床に置かれている「暁星」は、星や火の明かりを受けて、まるでそれ自体が光を放っているように見えた。
「……なんだ、随分いい名前付けるじゃねえか。
もうちょっとすっとぼけた名前付けるもんだと思ってたのに」
「そうかな」
「『百鬼万魔尽鏖殺閻魔絶断大戦斧』よりはずっといい名前だろ」
「……」
「なんだ、その顔」
「いや、ちゃんと覚えてるんだな、って。ちょっと意外だ」
「……たまたまだよ、たまたま!」
そう言ってガルグは話の流れをぶった斬るみたいに武器選びに再度取り掛かる。
ユイもまた、彼女に合わせて武器の選り分けに手を貸すのだった。




