見えるもの、見えぬもの
○ユイ
「『唯牙』ァァァァッ!!!」
振り抜く。
「『閃』、『閃』ッ!!
『閃』『閃』『閃』んんんんんんんッ!!!」
己の持つ力の全てを籠め、振り抜き続ける。
振ったクナイの数だけ闇を照らす斬撃が飛び、魔王の瞳に襲いかかる。
斬れるか。
いや、斬れる。
ユイの牙は、時にすら届く。
ならば、届かないわけがないのだ。
『おお、見よ、最善良。
お前の未来は、俺の未来をなぞっているぞ。
早く本当の強さとやらを見せてくれ』
対するギランはその全てを難なく躱していく。
マナの矢による迎撃が止んだ瞬間、地面が轟音を立てて爆発する。
『嵐土竜……だろう?』
「ミカド流忍法『爆裂嵐土竜』ッ!!」
飛び上がった三つの影が、舞い上がった瓦礫や土くれを足掛かりに空を駆け登っていく。
影の正体は全てガルグだ。一人は閻魔を振りかざし、二人はクナイを手にしている。おそらくこのうち二人はランドリューなのだろうが、そんなものもギランの瞳には見透かされているに違いない。
『それもまた、識っているのだよ。
こうすれば終わりだ』
ばさりと一度、瞳仕掛けの羽根が畳まれる。
ばさりと一度、瞳仕掛けの羽根が広げられる。
同時に生まれる、光、光、光。
無数のマナの矢が、当たり前のように全ての瓦礫と、土くれと、三人のガルグの体の至る所を貫き、吹き飛ばす。
全てのものが舞い上がってくる場所まで、既に見えていたのだ。
「『光』ぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」
回避から迎撃に移ったその一瞬に全てを託す。
走りながら、角度を変えながら、少しでもこの牙が届くようにとクナイに籠めた「最善良」を飛ばし続ける。
だが、未来は変わらない。
羽ばたく瞬間に、ギランは既に回避の道まで見ていたのだ。放った斬撃はやはり羽根の先にすら届かない。
だが、もう、道は見えている。
あとは、ユイが。
『魔剣・逢魔刻に残った力の全てを注ぎ込み、『唯牙極光剣』を放つ。
狙いは羽根、と見せかけて今度は俺自身。
陳腐な挑発からの陳腐な撹乱、それに相応しい陳腐な奥の手だ』
魔剣・逢魔刻を握りしめる。
クナイとは桁違いに、ユイの願いがよく通る。枯れ果てそうだった「最善良」でも、一撃分の力がかき集められる。
剣による一撃はすでにギランの予知の範疇。
だが、ユイは信じている。
この一撃が、ユイに……ユイ達に、勝利を導いてくれることを。
「『唯牙』、『極光剣』ッ!!」
放たれる斬撃の威力は先ほどまでの比ではない。
その巨大さたるや、もしも当たれば巨大に変貌した今のギランの全身だろうと飲み込めるほどのものだ。
それを、縦一文字に振り下ろす。
当たればその時点で勝ち。
だが、体の動きに冴えもなく、その上で未来予知の範疇から放たれた、鈍な一撃だ。
そんな一撃が、当たるはずもなく。
『未来が、重なった。
貴様はこうして、倒れ伏す』
斬撃は地面を砕き、再び瓦礫を巻き上げるだけ。
ギランの余裕の一言に合わせるようにユイの体がぐらつく。体を満たしていた「最善良」を撃ち続けた分だけ消耗し、ついにユイの底が見えてしまった。
ここまで来ても、ユイの牙は、まだ届かない。
だが、それは半ば知ってのことだ。
未来を読まれているのなら、避けられるのは当然。
だが、この攻撃は全くの無為でも無策でもない。
信頼故の一撃だ。
敵の予知が的中したこの瞬間、敵が勝利を確信するこの一瞬に気付き、勝利に向けてかけてくれる仲間が居ることを、ユイは信じている。
「こっちだギョロ目ぇぇぇぇえええええ!!!!」
『き、さまッ!?
確かに貴様は、撃ち落としたはず!』
「うるせぇ!! テメェが堕ちろぉぉぉ!!!」
ギランの表情が、驚愕に歪む。
ギランに驚愕をもたらしたのは、やはり、ガルグだった。
万全無事なガルグが、ユイの「唯牙極光剣」で舞い上がった瓦礫を足場に、ギランの背まで駆け上っていたのだ。
手に武器を持っていない、お気に入りの鎧まで脱ぎ捨てた身軽な状態で、瓦礫を飛び上がり、ついにその羽根の根元にたどり着く。
『まさか、まさか先ほど俺が撃ち抜いたのは!』
ガルグの体には傷一つない。
そう、このガルグは、マナの矢に貫かれてはいない。
ギランが油断で口にした一言が始点だった。
「ガルグ達が飛び出す」という未来を見た。
ならばガルグは飛び出すのか。
それは不明だ。
ギランは、ガルグに対して未来予知が効いていないような発言をしていた。
例えば、ランドリューの変装したガルグが飛び出したとしても、ガルグが飛び出したと認識したはずだ。
だから、ユイは、賭けた。
不屈の仲間が頭を働かせ、ギランの裏をかこうと画策してくれることに賭けた。
自身の牙を引き換えに、ガルグに賭けた。
ガルグとランドリューは機転を利かせ、ランドリューの分身二体とランドリュー本体で襲撃。その間に本命のガルグは地底にて息をひそめ、余裕が油断に切り替わる瞬間を狙っていたのだ。
『無駄な足掻きをッ!』
懸念はあった。未来予知ではなく、実物の目でガルグが見つかってしまうという懸念だ。
だが、懸念は斬り捨てた。
ユイががむしゃらに牙を剥き斬っていたのは、最初から羽根ではない。
斬っていたものの一つは「風景の変化」。
ゼットとの修行の際に見せてもらった「停滞する斬撃」。それと唯牙の合わせ技だ。
あれの応用で、「風景を斬り抜いてギランの視界に留まらせた」のだ。
「辿り着いたぜ、テメェのその、厭味な羽根まで」
『丸腰の貴様で、俺に傷を――――』
「へっ。一つ訂正しといてやる」
ガルグが、ギランの言葉をそっくりそのまま差し返す。
「オレの練技、オマエはずぅっと『邪悪への耐性』だ、っつってたけどさぁ……
これはそんなお行儀のいい願いじゃねえ。
オレの願いは!!!」
ガルグが、ギランの羽根の根元に手をかけ、そして。
「オレに都合の悪い願いを聞かないっつーもんなんだよ!!」
力強く、握り潰した。
それに合わせ、羽根を構成していた瞳の全てが同時に潰れる。
位置も、大小も問わず、一様に握りつぶされたような傷跡を受け、喪失する。
斬りつけただけではこうはならない、瞳を閉じるように修復されて終わりだ。
だが、ガルグの拳の一撃だけは、修復が行えないらしい。
ギランの瞳が再び驚愕を湛える。
不意打ちに次ぐ不意打ち。
ギランの予知に、こんな光景は出ていない。
それはガルグが予知をすり抜ける存在だからか、或いは。
『貴様は、潔く、死んでおけッ!!』
振り抜かれるは魔杖・宵ノ口。
瞳を潰されてもなおも攻撃の手段は健在だ。
練り上げられた高密度のマナが、闇に淡い青色の軌道を残してガルグの体を叩く。
今までの殴打と比較しても桁外れな出力に、ガルグの体が容易く吹き飛ぶ。
だが、ギランも万全無事ではない。
空を舞うための羽根を失った。
これで、強力な逃げ足が潰えた。
『く、はは』
そんな状況でなお、ギランは嘲う。
『ガルグ、ガルグ、おお、ガルグ。
貴様の奇襲、俺は心底恐怖した。おそらくこれが感情だ!! 俺は、人間如きに、恐怖した!!!
だが、ここまでだ。それもここまで!!
今尚俺の瞳に映る景色は変わらない。
倒れ伏すユイ。その未来に変わりはない!!』
窮地においてそれでも勝ちを疑わないギラン。
彼の、もう一つの脅威。
未来予知。
事実、ユイの体はもう限界だ。
ぐらりと体が前に倒れ。
『さらばだ、忌まわしき最善良。
そして山の幸探検隊。
ミカドの歴史とともに、この地―――』
右の一歩で、踏み堪える。
『――――に……い?』
ギランの声が、間抜けに響く。
今度は、ユイが進む番だ。




