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勝ちへの道は

 ○ユイ


「ユイ、ランドリューだ!!」


ガルグが吠え、ギランに向けて駆け出す。

傍目に見てもボロボロな体で、それでも気魄に影は落ちていない。

身の丈ほどもある閻魔を片手で構えながら、マナの矢の間を抜けていく。


ガルグの姿が、ユイの心に火をつける。

普段は重さすら感じない魔剣・逢魔刻が持ち上げることすらままならず、走ればそれだけで息が上がり、跳んで避ければ自分の思い描いた軌道を辿らず事実と認知が軋みを上げる。

体をさいなむ正体不明の不調。

だが、数多の傷を背負いながらも進むガルグの背を見て、ユイが弱音を吐いていいわけがない。


最高の一振りである魔剣・逢魔刻を打ち捨て、体を縛り付ける防具すら脱ぎ捨てて駆け出す。

防御力は落ちる。だが、岩すら貫くマナの矢相手に防具がどれほどの意味を持つというのか。

だったら、不調の溝を少しでも埋めるために、速度を上げるために、全てを捨てていくしかない。

極限まで削ぎ落とし、天上より見下ろす魔族に喰らいつく。


「『唯牙』!」

 

手に握るのは、大地を転がった時に偶然手にした一本のクナイ。

なんの変哲もないこのクナイに「最善良」の力を受け止め続ける強度はない。だが、それでも意識を集中することはできる。

幸い「最善良」の力には、当然の消耗以外の不調を感じない。

斬ることを願い振り抜けば、今のユイでもなんだって斬れるはずだ。

 

「『抜剣』ッ!!」


横たわる人の山からランドリューを見つけ、クナイを振り抜く。その切っ先に捕らえるのは、当然「ギランの邪悪」だ。


崩壊したミカド城の跡地でギランが初めて放ったのは、「幸せな夢を見せるだけ」という悪夢のような邪悪だった。

ユイは邪悪のゆりかごの中で、生みの父と母、育ての父と母、そしてミハルと共に暮らす夢を見た。

夢と分かっていても溺れてしまいそうなユイの夢見る幸せの姿だった。

ユイがその夢から抜け出せたのは、邪悪に襲われる寸前手に漲らせていた「唯牙」のおかげに他ならない。

「夢を斬る」ことで夢の蓋を無理やりこじあけた。抜け出す気力すら奪い、出口も出方も分からない世界から、無理やり逃げ出した。

きっとランドリューも同じく、逃げ場のない夢に溺れている。


だから、斬る。ランドリューの幸福をクナイの錆に変える。

振り抜いたクナイが、ぼろりと崩れ落ちる。案の定唯牙の出力に耐えられず崩壊したのだ。

だが、その斬撃は確かに、狙い違わず斬り裂いている。


「……ッ、ハァッ、ハァッ……

 こ、ここは、拙者は……拙者は、何を……」


ユイがクナイの残骸を握りつぶした瞬間、ランドリューが跳ね起きて臨戦体勢を取る。


「ランドリュー、上!!」


ユイの言葉にランドリューが顔を跳ね上げ、そして姿を眩ませる。

ユイの体が引っ張られ、あれよあれよと言う間にムーシャの元まで引き戻される。

そして、ユイの居た箇所をマナの滝が押し潰した。

大地が冗談みたいに凹んでいる。ユイ一人ならば肩まで落ちるその凹みは、穴と言っても過言ではない。


「……察するに、あれは御館……ギラン・ミルジットでござるか」

「ああ。あれを倒す」

「ひょえーっ! マジにござるかぁ〜?

 ……なんて、冗談言ってる暇もねえでござるな」


ユイを抱き抱えた姿勢のまま、ランドリューが身を低く構える。


「して、どうすれば倒せるでござるか、アレ」

「分からない」

「邪悪を滅する『最善良』は通用せんでござるか?」

「避けられる。避けられ続けたら『最善良』の力が尽きて終わりだ。

 その上、どうやったのか知らないけど、私、物凄く弱くなってるんだ」

「……マジにござるか?」

「ああ、マジだ。大マジだ」

「ユイさん、なんか調子悪そうだなって思ってたら、そんなことになってたんですね」

 

再び景色が変わる。同時に轟音が背後から響く。そして、自分の姿勢が変わっていることに気づく。

ランドリューが片方の肩にユイを、反対の肩にムーシャを担ぎ、再びマナの矢降りしきる中を駆け抜けたのだ。


「で、拙者は何をすればいい?

 この命を投げ出してアレが倒せるというなら、投げ出すのも考えるでござるが」

「やだなぁ。ランドリューさんの命一つで倒せるなら、私たち四人の命なら完勝できちゃうじゃないですか」

「むむ、よく分からんがなんか分かる理屈でござる。

 ならば拙者は、何を?」

「ガルグの手助けを。

 合わせてギランを倒す方法を考えて欲しい」

「どっちもこっちも難題でござるなぁ。

 ま、救われた命、やれるだけやってやるでござるよ」


ぽん、と地面に二人が降ろされ。

同時にランドリューが二人に増え、その上二人ともガルグに変装する。

 

「そう、やれるだけ……命が続く限りは、抗ってやるでござるぜぇ!!」


そして、瞬間ほどの間も置かずに激戦地へと身を投じた。


『よくよくに、悍ましいほどに、底の識れぬ女だ。

 何故、今の貴様は俺の両眼に映る? 貴様は、邪悪への絶対耐性を持っているのではないのか?』

「テメェの目がいよいよ曇ってきたって証拠だろうよ!!」


ランドリューの向かう先ではいまだガルグがギランとやり合ってくれている。

閻魔を片手にぶん回し、マナの矢を気合を込めた斬撃で跳ね除け、拾った武器を投げてギランの命を狙う。

だが、ギランはその動きを見通し、避けては逆に矢を放つ。

ガルグの気迫で勘違いしてしまいそうになるが、勝負はどこまでも一方的だ。このままならいずれガルグが負ける。


「へぇい! 拙者にござる!!」

「ちなみにこっちも拙者にござる!!」


駆け出した二人のガルグランドリューが魔王の瞳の前で命を削り戦っていたガルグに合流し、ガルグを守るように煙玉をしこたま地面に叩きつける。

 

『手負いの野獣に土竜が一匹。

 寄り添い何になるというのか』


常人ならば混乱必至の状況を、魔王の瞳は杖の一振りで覆す。

練り上げられたマナが、広がり始めた煙全てをぶん殴って霧散させたのだ。

だが、そこにすでにガルグたちの姿はなく、人の肩幅ほどの穴が残るのみ。

おそらくランドリューが得意とするミカド流忍法・乱土竜で地中に逃げたのだろう。


『そこか』


瞳が収束し見当はずれな場所目掛けて滝のようなマナの奔流を叩き付ける。

同時に、地中に潜んでいたガルグの一人が叩き潰される。

未来予知による潜伏先の先読み。あるいは別の邪悪。

どちらにしろ、強力すぎる能力だ。不意打ちをするはずが逆に叩き潰されたガルグはぴくりとも動かない。

 

「オラオラ、こっちだ!!」


だが、異なる場所からまた一人のガルグが飛び出す。同時に倒れていたガルグが消え去る。

未来予知により迎撃されることを踏まえて、先読みの先読みだ。

ギランは煩わしそうに羽根を振るわせ、マナの矢でガルグを撃つ。

だが、そのガルグも分身。

また新たなガルグが飛び出し、それが撃ち落とされ。またガルグが飛び出し、叩き潰され。


「ムーシャ、治癒!! とびきりのだ!!」

「は、はいっ! 全員すこぶる元気になあれー!!」


叩き潰されるガルグの一人が叫んだ。ムーシャは大地の下のどこかに潜むガルグに治癒術を放つ。

そして、ムーシャが術を放った瞬間にユイがムーシャを抱いて駆け出す。

防具を捨てた分だけ身軽に動け、身軽に動けたおかげでムーシャに向けて放たれたギランの攻撃を避けられた。

逃げながら地面に落ちているクナイの一本をなんとか拾い、考える。


ギラン自身が持つ脅威は二つ。

空を飛ぶこと。未来を読むこと。

空を飛ばれていれば決定打を与えることはできない。

翼を切ろうにも、追い詰めようにも、未来を読まれ避けられればそれまでだ。

この二つを攻略して、ようやくギランのその瞳に刃を突き立てることができる。

体内に感じる「最善にして最良なる者」の力は、すでに消耗した分の方が多い。

限られた手数で、これを成すには。

今のユイに出来るのは、来るべき瞬間のために武器を集め、牙を研ぐことだけ。

歯噛みしながらも前に進み続ける。

そして、ふと、頭に浮かぶ策があった。


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