ギルゲンゲ
かなりの距離を取り、遮蔽物に身体を隠し、空気を痺れさせるほどの威圧感を放ちながら件の洞穴の前に座り込んでいる巨躯の老人を確認する。
火霊のカンテラに照らされたその人物こそ、ギルゲンゲ山賊団現頭領・ギルゲンゲ。
洞穴の中で見るよりも大きく逞しく見えるのは気のせいではないだろう。
同時に「山賊の証」の置いてある洞穴の入り口を見る。
こちらの侵入を拒むように大きな岩が置いてある。岩を砕く方法なんていくつでもあるが、ギルゲンゲの横をすり抜けて行うのは無理だろう。
息を殺したまま、ここからどう動くべきかを考える。
ミハルの戦いは常に罠を仕掛けるところから始まる。
森の中に罠を仕掛け、罠の中に誘い出し、相手の力を発揮させずに継戦能力を削り、無力化を目指す。
山賊団の頭領相手にどこまで通用するかはわからないが、鍛え続けた技を信じるしか無い。
「……」
つい、とギルゲンゲが顔を上げた。
白い瞳がミハルの潜むあたりに向けられている。
鬱蒼と茂る木々の中、囁きならば聞こえないほどの距離。しかも太めの枝に乗っているのに、視線があったように感じた。
同時に感じた悪寒から、枝を踏みしめ飛び上がる。
風が唸り、轟音が響く。音を追うように、森と言っても過言ではない量の木々が倒れ、吹き飛んでいく。
事実をありのまま飲み込むことが出来ずに周囲の様子を確かめる。
ノーモーションで振り抜かれた大剣が、ギルゲンゲの膂力と練技らしき力の補助で森の一部を切り飛ばしたらしい。
「おォ、最初はオメェか、坊主」
姿を見られてしまった。もう奇襲も潜伏も不可能。戦闘方法を切り替えなければならない。
しかし、何故こちらの場所が割れたのか。ミハルの頭に浮かんだ問いに答えるように、ギルゲンゲは呟いた。
「鼻が効かねえと、山賊はやれねえよ」
皺だらけのギルゲンゲの顔が、更に皺を深くする。破顔と呼ぶにふさわしい笑顔だった。その笑い方は、ガルグに似ていた。
大剣が振りかぶられ、振り抜かれる。まるで風に煽られる木の葉のように猛烈に回転しながら大剣が空を切り裂く。
速度と膂力を載せた大剣はまっすぐにミハルに向かってくる。申し分なく、ミハルを殺しうる一撃だ。
舌打ち一つ。腰に下げていた縄を「罠師の腕」で自分の片足に絡め、縄の先を矢に結び射抜く。
無理やり生み出されたエネルギーで少しだけ身体の位置がずれる。引かれた脚が痛むが、頭上を通り抜けていった大剣に斬られるよりは随分マシだ。
着地し、足の縄を解く。
目線を戻せば、すぐそこまでギルゲンゲが近づいてきていた。
どうする。対策は一切できていない。出たとこ勝負で行くしかない。
ギルゲンゲがもう一本の大剣をかざして駆けてくる。空いている手で懐の鞄をまさぐり、水霊瓶を取り出して沼の罠を展開。
大剣を構えたままギルゲンゲはぬかるみに足を取られたが、関係ないとばかりに大剣を振り抜いた。
かろうじて身を躱せば、衝撃を伴って風が通り抜けていく。地面が切り裂かれ、木々が圧し潰され、馬鹿でかい剣筋が森に刻まれる。
最初に戦った際にガルグが見せた練技を更に強くでかくしたような技だ。
単純に強い。直接やりあえばあと数呼吸の間にミハルの身体はぶつ切りだ。
かといってただ逃げれば無防備な姿を晒すことになり、ギルゲンゲほどの男がその隙を見逃してくれるとは思えない。
ならば。
光り袋に火薬を詰めて矢にくくり、洞穴横の火霊カンテラ目掛けて放ち、違わず射抜く。
カンテラの中でたゆたっていた火霊が袋に染み込み、袋は凄まじい音と光を伴って爆裂した。
突然の音と光の洪水にさしものギルゲンゲも身がこわばった。その隙に動きながら罠を手繰る。
調合花粉、霊素粉、着火用火霊瓶、空の水霊瓶、火薬、麻袋数枚、縄、油、矢、毒、薬、布。
索敵能力から感じるギルゲンゲの戦闘力は、練技と思わしき技を使うたびに減ってきている。
ならばミハルがやるべきことは、相手に技を出させること、だが。
届かないはずの拳に肩を掴まれる。
ぎょろりと白い瞳がミハルを捉える。皺くちゃの笑顔がまた浮かぶ。
ミハルが見えない拳を振りほどくより早く、身体は引き寄せられ、顔面に岩のような拳が叩き込まれる。
地面に一度叩きつけられ跳ね上がる。それほどの威力の拳だ。
追撃もまた拳。振り抜かれた拳が再び顔面に突き刺さる。今度は縦ではなく、横に。地面ではなく森に向けて殴り抜かれる。
「やっぱり、拳骨に限るなぁ……だろ、おい?」
恍惚を感じさせるつぶやきは、風より疾く離れていった。




