一足違いの帰り道
○ユイ
駆けて。
駆けて。
駆け続け。
一心不乱に駆け続ければ、昼が暮れ、夜を超え、世界を囲む夜の壁から日がまた顔を覗かせる頃には、ルセニアの町までたどり着いた。
ルセニアの町は、以前訪れた頃よりも随分明るくなっているように感じた。
それは人々の表情もそうだし、祭りの飾りがそう見せるのだろう。
だが、その明るい景色の中にも尋ね人の姿はない。
ユイは町の大通りの真ん中で考える。
ミハルの性格を考えれば、無理なペースで移動を続けるとは思えない。
共に発ったケーアからここまでの道のりについても知っているのだから、ルセニアの町で一度体勢を整えるだろう。
ならばと巡った宿屋の中の一件で、有益な情報を一つ得る。
「そういう兄さんならたしかに居たけど……実はね」
聞けば、ミハルらしき風貌の男が部屋を借りたという。
だが、そこから先の情報はあまり嬉しいものではない。
祭りの情報と周辺の町村の情報を宿屋の主に聞いたということ。
夜間に宿を抜け出し、そのまま行方をくらましているということ。
「まぁ、貰うもん貰ってるから何も言わないけど、変な兄さんだったな」
聞き終えたユイの頭によぎるのは、最悪の可能性だ。
『ミハルがユイを敵と認識し、接近に気づいて逃げ出した』
勇者の足で丸一日かかる距離、並の人間ならば誰かの接近を感じることなど出来ない。
だが、ミハルなら、それが可能だ。
彼の戦力分析などを度外視した超広域索敵能力ならば、遭遇の後敵と認めたもの・あるいは敵意を持つものの存在を地平線の彼方からでも感じ取ることが出来る。
それは、長年共に旅をしてきて、ミハルが斥候兵になるきっかけでもあるユイが一番良く知っている。
ユイの接近に気づき、ユイの移動速度から到着を逆算し、先手を打ってこの町を離れた可能性は否めない。
頭を振って最悪の可能性を頭の外へとはじき出す。
「あの、部屋を一つ、借りてもいいですか」
「ええ、それは構いませんが……」
ミハルが借りたとされる部屋の隣を借り、ベッドに腰掛ける。
入泊時に払った金額は数日分だと聞いた。もしミハルがまだこの町に居るのならば、ここに帰ってくる可能性はある。
帰ってこないならば、近隣の町村に向けて移動を始めている可能性がある。
一日だけこの宿で夜を明かし、その後は……
「皆は、大丈夫かな」
ベッドに腰掛けた状態で頭に浮かぶ、暁の勇者団のメンバーの顔。
全員とても強い。不意を突かれなければ大丈夫なはずだ。
もう少しだけ、ミハルを探しても、きっと大丈夫なはずだ。
ミハルが朝まで帰らなければ、ミハルが聞いたという近隣の町村を回り、そこでも空振りならば、勇者団の皆と合流して今後の対策を講じよう。
ベッドの上で膝を抱き寄せ、目を伏せる。
走り続けて少し疲れた。勇者としての加護を得ているとは言え、ユイの体力は無尽蔵ではない。
少し休もう。
今休めば、きっと夜が来るまでには目を覚ませる。
「……夜が、来るんだ」
夜。
世界の端から広がる闇。
明けない暗闇に、跋扈する魔獣たち。
未だに癒えない心の傷が、記憶の片隅からどろりと溢れ出す。
不安が胸からせり上がり、喉の横を這いずるように暴れる。
夜が苦手だ。
あの日から十二年経っても、それはまだ変わらない。克服できない。
あの日から十二年、いつでもユイのそばにいて夜に目を光らせてくれていた斥候兵はここには居ない。
「……一人じゃ、やっぱり怖いよ。ミぃくん」
ユイは、ただ、そこに居るのが当たり前だった友人の名を呟いた。
誰にも聞こえない声で、魔族に立ち向かう勇者ではなくあの日のままの少女の姿で、怯えるように膝を抱き、眠りについた。




