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殺気

ヨミを倒したことにより昼が取り戻されたのがユイたちの旅の大きな助けとなった。

索敵の行えない三人での不安定な旅だが、視界が開けているため遅れを取ることがない。

夜毎の番などは必要だったが、それについては眠れぬユイが立てばいい。

襲ってくる魔獣を狩り、拙いながらもそれを捌いて道中の食料とし、たまに水場を見つければそこで身を洗い臭いや汚れを落とし。

これといった危険と出会うこともなく、三人揃って目的地である山の中腹へと進めていた。


「つまり、魔族も上の奴になればヨミみたいな技が使えるってことだろ?」

「ゼットさんやギランさんなんかは二個も三個も技を持ってますよ」

「『時を止める』と同程度の技を、二個も三個も……」

「ああ、でも、時の大河に干渉できるのはヨミさんと魔王様だけですね。

 だいたいそれぞれが固有の技を持ってて、魔王様だけは全員分の技を同時に使えるんです」

「よくよく化け物だな、魔王も」

「魔族すべての生みの親で王様なのでですね。人間王はそういうの無いんです?」

「人間王って呼び方、初めて聞いた」

「人間は王から生まれるわけでもねえしな」

「へぇ。人間って不便ですね」


道中、ムーシャから魔族についての話を聞きながら知見を深めていく。

魔族の種類、用いる技、想定される残存勢力とその分布。

『魔王の剣』ゼットは三人の向かう先に居る。『魔王の瞳』ギラン・ミルジットは誰にもその所在を明かしてはいない。

『魔王の血』ドークはこれといった居を構えずに闇の下を移動し続けている。『魔王の影』バルテロはその二つ名の通り魔王の影の中で暮らしている。

そして、『魔王』クー・クー・クライナーは、『夜の始まる場所』と名付けた闇の奥地に居る。


ムーシャに聞けば魔王の拠点すら分かりそうだが、それが分かった所で今はどうすることも出来ない。

魔族すべての技を使える規格外の存在を倒せる力があるなどと傲れるほどユイは自分を評価してはいない。


ならばこそ、ゼットに会って。

ムーシャの言うとおりの人物(この場合は魔族、か)だったならば、なんでもいい、強くなれる『なにか』を手に入れる。

そして、強くなって。

その先で。


「……ッ!」


ぞくりと一瞬、寒気が走った。

向かう先から感じた『なにか』に、ユイは剣を、ガルグは大戦斧を瞬時に構える。


「……ムーシャ、この先に居んのは、修行バカのゼットでいいんだよな?

 『魔王の剣』ゼットが口開けて待ってるってんなら、話にならねえぞ」


ガルグの言葉がいつもより張り詰めて聞こえる。

ガルグが感じたものも、きっとユイと同じ。

今ユイを襲ったのは、鋭く研ぎ澄まされ心臓を貫くような殺気だ。

ヨミの鎌を背負ったムーシャが振り返り、口にする。


「ユイさぁん、それは失礼ですよぉ」

「……何?」

「それです、その『最善良』! そりゃあゼットさんもちょっと身構えますって。

 勇者が襲いに来たってなったら、ゼットさんだって出方を変えますからね」


言われて自分の失態を察する。

ユイの『最善良』は周囲を威圧し、なんならダメージを与えるほどの影響力を持っている。

感情に左右され、『最善良』が知らずのうちに流れ出せば、それは周囲の全てに伝播する。

それを感じたゼットが敵の接近と判断し、こちらに殺気を放ったという流れだ。


「ちょっと待っててくださいね……おぉーい、ゼットさぁーん!!」


ムーシャは殺気などどこ吹く風というように、ずんずん進み、こう叫ぶ。


「ゼットさぁーん、お久しぶりでーす! 私でーす!! えー……ごにょごにょごにょごにょですよー!!」


途中、明らかに声を潜め、ごにょごにょと何かを名乗った。

距離もあり聞き取れなかったが、おそらくゼットにわかるように古い名を名乗ったのだろう。

ずんずん歩き、おーいおーいと叫び続け、しばらく後に。


「あ、ゼットさん!」

「随分愛らしくなっちまったじゃねえか、ええ、バリー・ボリー」


奥から一人の男性が現れた。

白髪まじりの灰色の長髪を後ろで一つにまとめ、ミカド風の服を身にまとった老人という風体だ。

どう見ても人間にしか見えない。


「あ、あ、あ! 今はムーシャ・モーシャと名乗ってますので、そちらでお願いしますね、ね!!」

「ムーシャ・モーシャか。名前も随分小洒落たもんだ。だが、その顔にゃあそっちの方が似合いだわな! がはは!」

「ふへへへへ! でしょう、でしょう?」


まるで祖父と孫娘といった様子で、頭を撫で、撫でられ、揃って顔を崩して笑い再会の喜びを分かち合う。

構えを解くタイミングを忘れ、呆然とその様子を眺めるユイとガルグ。

どうしたものかと面食らっていると、ちらりと老人―――ゼットがこちらに目を向けた。


「で、だ。ムーシャ・モーシャ。まさかとは思うが、お前さん、儂を売っちゃあいねえよな?」

「まさか! 確かにあちら、今回の『最善良』さんなんですが、『最善良』が上手く扱えてなくて、考え事すると毎回あーなっちゃうんですよ!

 私はただ、ゼットさんならああいうのの扱い方も知ってるかなあと」

「おいおいおい! 仮にも『魔王の剣』だぞ儂ぃ! クーを殺そうとする『最善良』に戦い方教えろってかぁ?」

「そうですよ。そういうの、好きでしょ?」

「……あのな、ムーシャ・モーシャ……儂、そういうの……大好きだわ! お前さん儂のことよくよく分かってんなぁ!」


くるくる表情を変えるところは、なんとなくムーシャに似ている。

好々爺という印象のゼットは、のらりくらりと歩みを進め、剣を収めるタイミングを見失ったユイの前までやってきた。


「『魔王の剣』ゼットだ。とりあえず、話を聞かせてもらおうか……ええと」

「……ユイ、ユイです。こちらはガルグで、ムーシャの」

「ああ、はいはい。名前だけでいい。後はうちで聞かせてくんな。おう行くぞムーシャ・モーシャ」

「はーい! 皆さん、行きましょう!」


そう言い切り、背を向け歩き出すゼット。

だが、その姿勢には一切の隙がなく。

殺気は今もなお、ユイの首筋に添えられていた。

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