勇者 / ユイ
食事を囲み、経緯を聞く。
ムーシャという少女の生まれた理由にミハルたちに同行する理由。
そして、ヨミとの戦いのあとに急速接近してきた巨大な魔と、魔王という人物の人となり。
ミハルは、魔王との交渉という大任を背負い、闇に向かって駆けていったのだという。
魔王クー・クー・クライナー。
闇に抗う人間たちの前に三度姿を表し、三人の勇者を屠った魔を統べる存在。
ムーシャの口からぼんやり語られる人物像は、好戦的ではないとか、好奇心で動くとか、その恐るべき伝承からはかけ離れた部分も多い。
だが、だからこそというべきか。すべての事象に筋が通り、納得に至ってしまった。魔王とは、そういう人物なのだと、理解出来てしまった。
「さて、それではここから、ミハルさんが帰ってこない理由なんですけど。
たぶんバルテロさんの嫌がらせでしょうね」
「バルテロ?」
「『魔王の影』……魔王様の影の中で長いこと一人暮らししてる魔族ですね。魔王様第一主義で魔王様以外は魔族含めてどうでもいい存在としか認識してないへんてこ魔族です。
で、バルテロさんは魔王様以外では唯一闇を操る能力を持ってて、闇の広がった場所なら自由に行き来出来るんですね。
ミハルさんが無事なのが魔王様が見逃したなによりの証拠。見逃した相手になにかするなら、たぶんバルテロさんですよ。
ミハルさんの帰り道をバルテロさんに任せたりしたら、まぁ闇が広がってる世界のどこかにふっ飛ばされますよね」
『魔王の影』バルテロ。こともなく明かされた『魔王の眷属』の一角。
この話もまた、ある程度の信憑性がある。
「ミハルが無事」「だが帰ってこれない」。この二つを繋いだムーシャは、もりもりと食事を続けながら、こう締めくくった。
「ので、追っかけるのはオススメしませんよ。
ミハルさんもこっちに帰ってこようと必死になってることでしょうし」
そこまで理屈を重ねた上で、最後に置いた結論は「待つこと」。
無事を確認しているからこそ、ミハルの居場所がわからないという前提の元、ミハルが帰ってくることを待つ。
随分落ち着いた心で、その結論についてを考える。
確かに、ミハルの索敵能力ならば、闇の中だろうと単身生き延びることは容易いだろう。
こちらが動き回れば行き違う可能性があるというのもわかる。実際ユイはそうして、ミハルとルセニアで行き違った過去がある。
だとしても、ただ待つというのはもどかしい。
この結論も、あくまで推論の上で成り立ったものしかない。もしかしたら、ひょっとしたらと考え始めると、心の底がざわつくのを止められない。
「……こちらから、ミハルを探す方法はないんでしょうか」
「ズバリと一発で当てる方法は無いですねぇ! お手上げ状態です!」
「そう、ですよね」
「とはいえ、なんもしないのは癪に障るのはオレたちもおんなじさ。
オレたちはしばらくの間、ここを拠点に昼夜の境界線あたりをうろつくつもりだが……アンタはどうする、ユイ?」
ムーシャの説明に一言二言解説を加えていたガルグが、今後の方針を口にする。
はっとした。もどかしく思っているのはユイだけではない。ガルグもムーシャも仲間であるミハルの行方を案じているに違いない。
ミハルが斥候に立ってから相応の覚悟を抱いて彼の無事を願い続け、無事が分かってからもいかにして彼と合流するかを考え。
それでも、ユイにミハルの現状を伝えるために、動き出すのを待っていた。
大きく息を吐き、心のざわめきを鎮める。ユイに今必要なのは、逸る気持ちではない。信じて、歩みゆくことだ。
だが。
「……私は……」
気持ちを鎮めれば鎮めるだけ、見える景色は変わってくる。
ミハルの背中を追い続け、振り返ることのなかった世界が見えてくる。見えてきてしまう。
この街で再会したマルカのこと。ミハルから手紙で、マルカからその口で聞いた暁の勇者団のこと。
不意をつくように現れた魔王の翼・ヨミのこと。接近してきた魔王のこと。
最後に、いつしか背負っていた使命が、大きく、大きく、のしかかる。
勇者。
その肩書が、鎖のようにユイの心を縛り、喉から出ようとした言葉を締め潰す。
「……」
ユイ一人では魔族との戦いどころか魔族に至るまでの窮地を切り抜けることすら出来ないという事実を知った。
共に歩んだ仲間は満身創痍のマルカを除いて離散した現状で、他の魔族が……それこそ、ヨミと同等以上の者たちが動き出せば、どうなる。
ヨミが没し、魔王が動いた。昼夜の構図は変わりだした。
そんな中でまだミハルを追い、勇者としての歩みを止めれば、仮にミハルと再会できたとしても、その先に夜明けが望めるかはわからない。
勇者ユイがやるべきこと。
魔族を倒すこと。そのための力を蓄えること。
『唯牙抜剣』を使いこなせるようにならなければ。仲間を集めて再起しなければ。夜を切り裂き、昼を取り戻さなければ。
誰かが闇と夜に飲み込まれ声も残さずに消えていく。
いつかユイも、声も残さず消えてしまう。
ずきりと身体を駆け抜ける、幼い日に負った心の傷の痛み。
『ユイ』はどこまでもミハルを求め。『勇者』はそれを否定する。
「ミハルの、ことは……私は……」
大きな大きなため息が響く。ため息の主はガルグだった。
見れば、頬杖をつき、しらけたような瞳でユイの方を見つめている。
「オマエ、ミハルに会いたかったんじゃないのかよ」
「……私は、勇者だ。いつまでもミハルばかりを優先しちゃいられない」
「あんだけ追っかけてたのにか」
「状況が変わった。私は、少しでも早く、戦う力を整えなきゃいけないんだ。魔族と、魔王を倒すために」
絞り出した言葉は震えていた。
ユイが明けない夜を歩く上で、ミハル以上の仲間など居るわけがない。
ミハルが横に居てくれるだけで、どんな夜だろうと怖くない。どこまでだって歩いていける。
だとしても、「魔王を倒す」という勇者の使命にとって、彼への道は遠回りだ。
目尻が震える。歯を食いしばる。
壁が軋み、窓が揺れる。周囲で食事を取っている客にざわめきが広がる。「勇者」と「ユイ」の間で板挟みになった感情が「最善良」の力となって放たれ、空気を揺らしている。
ガルグの視線は段々と熱を失っていき、そして……
「うーん、じゃあこうしましょう!」
ぱちんと叩かれる手。合わせて、ぽやんと一言、ムーシャが口にした。
「まずは三人で私の知り合いに会いに行きましょう!
ここからそんなに距離もないですし、ミハルさんを待つ間に行って帰るくらいは出来ますので」
「……おいムーシャ、今の流れでどうしてそうなった? コイツは……」
「えー、でも会っといて損はないと思いますよ?
特にユイさんは絶対に会っとくべきですって」
「えっ、それって……」
「強くなりたいんですよね? お任せください! ユイさんの修行となればたぶんあの人以外に居ないと思うんですよね、私」
名案ここにありというように語気強く語られる方針だが、ぽやんとした雰囲気と同じくらいにふわふわとした語り口だ。
内容が見えない。それはガルグも一緒のようだ。怪訝な瞳でムーシャを見つめている。
「その知り合いってのは誰だよ」
「ゼットさんですよ」
「だから、誰だよそりゃ」
「皆さんご存知の!」とばかりに口にされた名に聞き覚えはない。
「雷鳴義勇軍軍団長」ニイルや「ミカドの崩拳」コマチのような、市井にすらその名が知られている武芸者というわけではないはずだ。
ならばその人物は一体何者なのか。
心に浮かんだその問いに答えるように、ムーシャは朗らかな表情で、「ゼット」の素性を口にする。
「『魔王の剣』ゼットさんですよ!」
ざわめきの音量が大きくなった気がしたのは、卓上から言葉を含めた今までのすべてが吹き飛んだからに違いない。
先程までは食い違っていたユイとガルグだったが、今広がる沈黙の意味だけは、きっと同じだったはずだ。




