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ミハルはどこへ

「まぁー、なんだ。ヨミは無事倒せた。アンタのおかげっちゃあアンタのおかげかもしれん。あんがとな」

「……いえ、勇者として当然のことをしたまでです。それで、その……ミハルは、今、どこに?」

「生き急いでんなぁ、オマエも、アイツも」


ムーシャの口を押さえたまま、ガルグはやれやれといったように目を伏せる。

言葉、雰囲気、じわりじわりと緊張感が、胸に目掛けて登ってくる。

決着の瞬間は見届けた。「まさか」はない。そのはずだ。でも、それを調べる術をユイは今持っていない。

気持ちが荒れる。ガルグの表情が険しくなる。『最善良』の余波のせいか、それとも「そのまさか」なのか。


「ミハルさんなら居ませんけど、まあ無事みたいなので安心してください!」


ぺろりと吐き出されるムーシャの言葉。ガルグが眉間に皺を寄せてムーシャを見つめる。


「ムーシャよぅ、話には段取りってモンがあんだよ」

「ああ、そういうあれだったんですねこれ! 私てっきり、ガルグさんばっかり喋りたいのかと!」

「んなわけあるか……いやまぁ、そうでもあんだけど……ったく」


「まあ無事」。含みのある言葉だった。

怪我か、それとも別の何かが、ユイの寝ているうちにあったのか。

身を乗り出し肩を掴んで問いただせればどれだけ楽だっただろう。それすら、勇者になったユイには許されない。

経験則で語るなら、今ユイが放っている『最善良』の力は相当なもののはずだ。

もし今その身を乗り出せば、激しい動揺で生まれた『最善良』の力がガルグとムーシャを傷つける。

動揺することすら許されないこの力と、冷静な頭が、恨めしい。


「……わかりやすいな、勇者サマ」

「……ミハルは?」

「……まあ、見ろ」


ガルグが取り出したのは二つのガラス玉。一つはただのガラス玉で、もう一つは光も受けずに淡く輝いている。

眼にした瞬間に鼓動が一度大きく打つ。磨き抜かれたその光沢は間違いない。闇に怯えていた幼いユイを勇気づけるためにとミハルが編み出した練技、『きらきら玉』だ。

複数人、複数個を用いれば限定的ながら情報伝達にも使えると、勇者団を抜けるまでは暁の紋章と合わせて団員に支給していたものだ。

闇を歩く冒険者たちの中で、おそらくミハルだけが有する「ただガラス玉を淡く光らせるだけ」の練技が篭められた一品。

ならばこれは、彼女ら二人がミハルの仲間であるという証左であり、そして輝きが健在ということはミハルが無事であるという何よりの証拠。


「いいか、ユイ。まず聞け。見ての通りミハルは無事だ。

 こっち……ムーシャに持たせてた方だけが光ったままってことは、『訳があって帰ってこれないが無事』らしい」


ガルグは的確に、ユイの動揺に楔を打ち込み抑え込んでいく。

教え込まれるよりも早くミハルの無事を理解した。そしてこの場にミハルがこの場に戻れないことも理解した。

騒ぎ立てていた心が、掴みかかりたかった身体が、少しだけ落ち着きを取り戻す。

後はミハルがこの場を旅立った理由。それだけだ。

だが、会話一つでそこまで頭を回すガルグがその理由を伏せて語ったということは。


「……ミハルは、私のために、どこかへ……?」

「半分ハズレだ、勇者サマ。ミハルは、オレたちと、アンタと、この街のために、斥候に立ったんだ」

「そんな……こんな青空の中で、何を見に……」


ガルグの目が細くなる。

陽光に照らされたその横顔は、強い意志を感じさせる。

その意志の、向く場所は。


「魔王だ」


口にされたその名。

耳に届いたその名。

血が煮え立つ。沸き上がる。

抑えることなどまったく出来ず、漏れ出した力が部屋を埋め尽くす。壁が、床が、天井が悲鳴を上げるように軋む。

ガルグの表情が一瞬歪んだが、すぐに持ち直す。

ユイの心は、定まらない。不安、焦燥、困惑、混迷、かつてないほどの波乱が、心を、好き放題に、かき乱す。


「ここで私の出番、ってやつでしょう。そうでしょう?」


ガルグに抱き寄せられていたふくよかな身体が、余波など感じないかのように一歩進み出る。

そしてムーシャは、ユイが目覚めたときと同じように頭を下げた。


「どうも、魔人……えー、元魔族のムーシャ・モーシャです。魔王様の知り合いです。

 あ、殺さないでください。今は立派に人間やってますので。立派に! ふへへ」


一瞬。

信じられない情報に心が奪われて、力の放出が止まる。

元魔族。どういう。ユイを落ち着かせるためのでまかせだろうか。いや、でも思い出してみれば、ヨミとの決着の際、ムーシャの腹には人間には有り得ない化け物のような口がついていた。

元魔族、魔王の知り合い。だが、ミハルが仲間として行動を共にし、ヨミ討伐にて決着の幕を引いた少女。

理解を超えた言葉に面食らっていると、ムーシャはほんわかした顔のまま、ユイに語りを続けた。


「とりあえずご飯にしましょう! 二日も寝てたんだから、そんな状態で『最善良』なんて使ったら餓死しちゃいますよ!

 で、魔王様についてとか、ミハルさんがなにをしに行ったのかとか、ミハルさんがどういう状況だろうっていう話とか、そのへんを話そうじゃないですか」

「え、ええ……と……」

「さあ! ガルグさん! 行きましょう! 何はなくともまずはご飯! それが私達のお約束!」

「……そんな約束あるかよ、このもちもちめ」


一気に空気が弛緩した。

ガルグの表情も、少しだけ和らいでいる。二度、ムーシャの頭をぽんぽんと叩き、ユイに向き直った。


「安心しろ。このもちもち、食い意地張ってるし図々しいし腹回りと同じくらい態度がデカいが、悪い奴じゃない。あと、嘘つくのもヘタクソだ。

 それに、魔族の知識を持ってるのも本当だ。聞いといて損はないぜ、勇者サマ?」


思い出すのは、ミハルの言動。

初めて見たはずの『魔王の翼』の能力を看破していたという事実が、ふくよかな少女の言葉と繋がる。

どれだけこの少女が信用に足るかはわからないが、それでもミハルが仲間と呼んだなら、ある程度は信頼して良いはずだ。


「あ、ユイさん! ここで一つお願いが! 食事の代金なんですけど! 討伐金の分前がですね!」


信頼して、いいはずだ。


「オマエ、本当にブレないな」


ガルグは、少し呆れたようにムーシャを見つめたあとで、ユイに「こういう奴さ」というように流し目を向けた。

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