宣戦布告
報告前に風呂に入るのは、せめてもの抵抗だとガルグは語った。
それがどうして抵抗なのかを、これからミハルは知ることになる。
通されたのは、アジトの外れにある、大きな洞穴だった。
アジトのどこよりも獣臭が凄い。だが、魔獣などが住んでいるわけではなさそうだ。
ミハルの感知能力(敵意が無いので索敵にはまだかからない)は洞穴の奥に人を一人感知するだけだ。
「帰ってきたか」
「ああ」
「来い、ガルグ」
洞穴の奥から声が響く。しゃがれた老人、それも男性の声だ。
声に従いガルグがまず進み、その後をミハルが追う。
進めば進むだけ強くなる臭気。洞窟内を照らす火霊のカンテラが、だんだんとその距離を縮めていく。
感知に違わず、最奥部には一人の男性が控えていた。
禿げ上がった頭、筋骨隆々な肉体。ガルグの身体に残るそれが可愛く見えるほどの傷の数々。
左右のそれぞれ手の届く位置に身の丈ほどの大剣を置き、山賊の旗を掲げた壁を背に豪華な椅子に腰掛けている。
声から感じた年齢からはかけ離れていたが、成程、山賊の頭領と言う見た目だった。
「また、小綺麗にして来やがって」
椅子の上から頭領がガルグを睨む。その左目は病か古傷か、黒目のあるべき場所が白濁し、ただ見るだけで威圧感すら感じる視線だった。
「汚ぇ臭ぇじゃ飯も不味くなる。オレは親父とは違うんだよ」
「くはは……確かに、違ぇなぁ……オメェは昔から、役に立たんもんばっか盗んで来やがった。
飯の味にとやかく言うわりに、盗みは半人前……腕っぷしばっかり強い、山賊崩れの、穀潰しだ」
ぎろりと白い視線がミハルに照準を合わせる。
上から下へ、また上へ、品定めするように視線が身体を這い回った。
一応「戦利品」という扱いでここに通された以上、そういう視線を受けるのも仕方ない……のだろうか。
「そんなミミズみてぇな男拾ってきて、今度はなにをするつもりだ?」
「この山賊団を抜ける」
「……ほォ」
「こいつは使える。だからオレの手下にした。
こいつと二人で、頭領戦を申し込む。親父とご自慢のへっぽこ山賊団をぼこぼこにしてやるよ」
沈黙が流れた。
火霊の吐息のような燃焼音だけが、洞窟の中に響いている。
「く、ぐぐぐ、ぐわっはっはっはっはっはっは!!!!」
たっぷり時間をかけて睨み合った後で、頭領は、なぜか大きな声で笑った。
「ハナタレ小娘ェ……腕っぷしばかりの餓鬼が、思い上がって、俺様に勝てると思ったか?
いいじゃねえか、頭領戦。久々に、誰かをぶん殴りたい気分になってきた」
目をらんらんと輝かせる頭領は、まるで新しい遊びを教えてもらった子どものようにすら見えた。
椅子の肘掛けが握りつぶされる。バキバキと音を立てながら椅子が崩れ落ち、代わりに頭領が立ち上がる。
その身の丈は、ミハルよりも背の高いガルグをゆうゆう見下ろすほど。近くで見ればまるで壁だ。
「死にそうだったぜ……随分長い間だ……張り合いがなくて、退屈で、死にそうだった。
だが、これはもう、たまらんなぁ!! ええ!?
胸が高鳴りすぎて、血が足りん!! 頭が割れて死にそうだ!!!」
節くれ立った大きな手で顔を抑える。指の間から覗く白い瞳はぎょろぎょろとせわしなくミハルとガルグを行き来している。
物凄い形相だったが、やはりその根底から伺える感情は、喜びと呼ぶほかない。
ガルグもまた、笑っていた。牙のような犬歯をむき出しに、歯を食いしばって笑っていた。
この親にしてこの子あり、だ。