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崩拳コマチ

唖然とする他ないだろう。

かつてミハルとニイルを嬲り続けたコマチが、何故我が物顔で卓に着くのか。

しかも信じられないことに、右腕以外の負傷はあらかた完治している。

なんだこいつは。

化け物か。


「な、な、な、な、な!」


ニイルも、最早言葉を紡ぐことも出来ず震えるように音だけを口にする。


「ん、それもくれ。血が足りん」


だがコマチはニイルの反応など気にした様子なく、ニイルの前に置かれた肉をかっさらい、もりもり食べ続けている。

ニイルがミハルの方を向く。ミハルは素早く首を横に振る。

互いの視線が再びコマチに注がれると、コマチも流石に何かを察したのか、ミハルの方を向いた。


「なんだ?」

「いや……なん、なんだろ……なにから聞けばいい?」

「いや、いやいやいや……そこを俺に聞かれても……」

「要領を得んな。一つずつ聞いていけばいいだろう」

「あ、そう……」


まるでミハルたちが悪いみたいな言い回しである。どこまで我道を往くのだろうか。

ひとまず呼吸を整えて、一つずつ問う。


「なんで、動けてるの? 怪我は?」

「自然治癒力を高める練技だ。内練と呼んでいる。

 右腕に関しては下手に治すと動かなくなりかねない以上内練に加えて精霊術師の治癒が必要だが、それ以外は支障なく動けるぞ」

「なんで、ここが?」

「馬鹿か。無人の街で食べ物の匂いがすれば、そこに居ることは丸わかりだ」

「俺の空間把握……」

「なんだ、気づいてなかったのか。まあ、合間を縫ったということだろうな」


驚くべきことに、会話が成立していた。

食事の手は止めず、あるものを全て腹に詰め込みながらだが、コマチはある程度友好的な様子で接してきていた。

だから、ミハルはあえて、尋ねた。


「何しに来たんだ?」


その問いは、口にすれば災禍の元となるかもしれない。それでも、彼女の真意を知らなければならない。


「お前たちの旅についていくんだ、遅れるわけにはいかないだろう?」

「は?」

「えっ」

「これからは仲間だな。よろしく頼む」


信じられない言葉を口にした。


「いやぁ、間に合ってよかった。お、これ美味いぞミハル」

「いやいや、いやいやいや!! コマチちゃん、君……ええっ!? え、あの、どの面下げて……えぇ……」

「なんだ、不服か」

「不服と言うか、いや本当に、なにがどうしてそんなことに……?」


ようやくコマチの食べる手が止まる。

そして、頬杖をついて、ミハルの方を見つめた。しゃらりと黒い髪が揺れる。


「バルテロはまだミハルの中に居るんだろう?」

「……ああ。中というか、影というか」

「だからだよ」


復讐。自然とその単語が浮かぶ。

だが、その単語とは不釣り合いな、まるで浮かれたような表情で、コマチは続ける。


「お前らは闘技場での一戦を覚えてるか?」

「ああ、うん……」

「いや、忘れはしないと思うけど……」

「私はな、あの時初めて……恥ずかしい話だが、初めて、自分が女であることを意識したんだ」


意味はわからない。だが、コマチは彼女の中で渦巻く気持ちを語る。


「今まで様々な奴らを殺してきた。父も、兵士も、大将軍も、軍隊も、魔族も、私が本気を出すまでもなく捻り潰せた。触れば折れる棒きれだった。

 でも、バルテロは違った。柄にもなく本気を出した私を難なくいなし、その上こちらの身体と心を蹂躙してきた

 顔を潰されると思った瞬間、私は、生まれてはじめて……私より強い存在が居るんだと知って……心が折れるのを、感じた」


その表情に名前をつけるなら。

恍惚。喜悦。うっとり。そういう表情だ。


「なあ、わかるか? 私は、バルテロの前では、単なる弱い生き物だった。

 私より強い存在……史上初の、私を御する存在! 私は、あいつの前では弱い!

 取るに足らない棒きれしか転がってなかった世界に、私を打ち倒す男が現れたんだよ! 私の心をへし折れる、強者が! 私をただの女に出来る男が!!

 起きた瞬間に感じた胸の高鳴りは、初恋の比ではない! いや、以前のアレはまがい物、これこそが初恋さ! 私は心底、バルテロに惚れた!! だから―――」


続く言葉は、やはり、理解を超えたもの。


「―――だから私は、バルテロとまた戦いたい。何度だって戦って、確かな実感を得たい。

 バルテロが本当に、私より強い、私に女を実感させてくれる男なのだと……この愛を捧げるにふさわしい男なのだと、実感を得るために戦いたい!

 今度は最初から本気だ! いや、これから修行だって積んでやる!! 私は、この愛に従い、どこまででも、どこまででも強くなって!! そしてバルテロを殺しにかかりたいんだ!!」


きらきらと瞳を輝かせて語る、恐ろしき初恋の形。戦闘狂が、狂った理屈で、愛を抱き、愛に生きようとしている。

言葉を挟むことは出来ない。誰がなんと言おうと、今のコマチを止める事はできない。

初恋に身悶える乙女のように頬に手をやり、恥ずかしそうに身をよじったあとで、コマチはほっと一息つき。


「だから、ついていく」


いつもの鉄面皮に戻り、水を飲み、再び食事を再開した。

かちゃかちゃという食器を叩く音だけがむなしく響く。


「『……何を……何を言ってるんだ、こいつは』」


沈黙を破ったのは、この世界最強の偏愛を受けることになったバルテロだった。

珍しく言い淀んでいる。当然だろう。世界を知ろうと闇の胎内から出てきた存在に、この愛は少し重すぎる。


「そこに居たのか、バルテロ! 今話した通りだ!!

 まずは右腕を完璧に治し、その後お前に捧げる新たな必殺技を作る! 私は更に強くなるぞ! それまで待っていてくれ! な!」

「『馬鹿かこいつ』」

「違う、これが人間の、私の愛なんだ! 受け止めてくれ!」


喜色満面、コマチが口にする。バルテロは黙ってしまった。受け止めかたがわからないようだ。

ミハルとニイルもまた圧倒されっぱなしだ。なんと答えればいいか、なにも思いつかない。


「なに、お前らにとっても悪いことばかりじゃない」


そんな中で、コマチが口を開き、懐から取り出したものをミハルに投げてよこした。

太陽を象ったそれは、間違いなく。


「暁の紋章……これ、コマチの?」

「大体の経緯は理解した。まあ、そういう事情で、私としてもしばらくはバルテロに出てきてもらっては困る。

 せっかくなら、一番強い私でバルテロのことを殺しにいきたいしな!」


まるで「せっかくなら一番可愛い私を」と化粧や服装でも語るように、物騒なことを口にする。

なんというか……なんというか。


「……ミハル、コマチちゃんのこと、どうするんだい……

 正直俺は、見てるだけでまだ足が震えて目眩がして吐き気を催すんだが……」

「俺もだよニイル。俺もだ」


風雲急。降って湧いた、自分たちを蹂躙した者の同行。

しばらく考え、ミハルは、ようやく一つの問いを口にする。


「コマチ」

「なんだ?」

「一つ聞かせてくれ。お前……俺達にしたことをどう思ってる? 反省したりとか、後悔したりとか……」

「……はん、せい……?」


まるで異国語でも聞いたような反応だった。


「私はこの街で雇われていた。雇い主の命令に従ったことを悔いたり省みたりする必要があるのか?」

「いやまあ、うん……そう……なのか? えっ……」

「安心しろ。これからの私の雇い主は……ミハル、しばらくはお前だ。

 これからはお前たちの指示には最大限従うし、お前達のために戦ってやる」


徹頭徹尾、一貫して、彼女は悪意なく悪の道を生きている。

善悪の基準が他人と大きくズレていて、自己と他者の比率が自己に大きく傾いている。ただそれだけ。ただそれだけだから、彼女は根っからの悪なのだ。

しかし彼女の行動には、太く大きな、背骨と呼んでも差し支えない「」がある。

そういう人間なのだと分かっていたならば、逆に関わりやすい。のかもしれない。


「……じゃあ、一緒に行こう」

「当たり前だろう。話を聞いてたか?」

「……マジかい、ミハル?」

「ああ、大真面目だ」


ここで断ってもコマチはついてくる。こちらの了承を武力で得るか、あるいは了承を得る必要などないと無理やりに。

ならば相手の望む形で受け入れ、印象を良くしておいた方がいいだろう。

それに、コマチが居れば、ミハルがバルテロに乗っ取られた際の抑止力として期待できる。

思いや願いはどうあれ、彼女はバルテロを本気で倒すつもりだ。それは、正直に言えば、ありがたい。

コマチのやったことは許せないが、それでも、彼女がこちら側に着くというのなら、ミハルは彼女を受け入れられる。なんとか、ぎりぎり。頑張る。

ニイルは少しの間頭を抱え、そして吹っ切れたように、あるいは言い聞かせるように、口にした。


「……はあ、もういいよ。もう分かった。

 ミハルについていくって決めたんだ、ミハルがそう言うなら俺も腹を括るさ」

「決まりだな。じゃあミハル、早速で悪いが料理を追加で頼む。

 少しでも血を増やして、強さへの糧にするんだ」

「はいはい。ニイルもなんか食うか?」

「食うさ、そりゃもう食うよ。食わずに居られないでしょ。

 というかコマチちゃんは、俺たちにしたこと少しくらいはだね」

「ナヨナヨと過去のことをほじくり返すな。そんなことしてなんになる。

 私達は輝かしい未来を生きるために生まれてきたんだ。なあ、バルテロ?」

「『話しかけるな……貴様は我を認識するな……』」



騒々しさを増した卓で、再び食事が始まる。

わだかまりは多少残るが、しんみりとした空気は吹き飛んだ。

夜明けに向かう斥候兵。

再び立ち上がった槍兵。

初恋に焦がれる無双の武侠。

人間の感情に生まれて初めて気圧される魔王の影。

こじれ、ねじれ、こんがらがって。

揃った同行者は、仲間も、敵も、敵の敵も含めて、一癖も二癖もあるものばかり。

それでも再び旅が始まる。

危機はまだ去らず。だが、光明は常に前にある。

これからの道を示すように、窓の外では日が輝いていた。

5月17日から更新を再開いたします。

次章からはユイ、ガルグ、ムーシャ側の話になります。

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