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闘技決着

○ミハル


『魔王の影』バルテロ。

その存在の恐ろしさを今日、身を持って知った。

バルテロの見せた力は、まだ表層の部分でしかない。

身体を乗っ取られた中で頭を巡った無数の『技』のうちの、ほんの小手調べ程度。

彼が『生身』を楽しまず、最初から本気で世界を侵略したならば、コマチすら数秒と持たなかった。

魔王との盟約という枷を持たなければ、ニイルとランドリュー……否、この街、この世界はあの闇のぬかるみの中に沈められていた。


そして、真に恐ろしいのは、今、ミハルの身体を包むかつてないほどの充足感だ。

圧倒的な暴虐で他者を叩き潰す。身体を巡るかつてない活力が、更なる圧倒を望む。

見えている世界が、あんなにもたやすく塗り替わる。

心のどこかがあの渇望を受け入れていれば、ミハルの心は影に染まっていただろう。


「これが、『魔王の影』の力か……」

「『そうだ』」

「……」

「『……』」


当然のように聞こえる声。なんだか前にもあった気がする。

今までのように頭の中だけに響く声ではない。陽光に照らされて生まれたミハルの影が喋っている。

ミハル、ニイル、ランドリュー。三人揃って影を見つめる。影に刻まれた瞳が、じっとこちらを見つめ返す。


「ミハルくん、これって」

「よもやよもや」

「……お前、よくこの流れで喋れるな」

「『何がだ』」

「あれだけ派手に暴れておいて、世間話くらいの軽さで喋るか、普通?」

「『貴様の尺度で我を語るな、ミハル・・・』」


なんというべきか、こういうところも、魔族の魔族たる所以だろう。図々しくも、その場に有り続けるのだ。

このまま倒せればどれだけ良いか。だが、それを許す奴ではない。

今後もこの縁は続く。今後も影はミハルを狙う。改めて、この恐るべき隣人とのあり方を考えなければ。


「バルテロぉぉぉぉオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


一瞬弛緩した空気を塗り潰す、激情の咆哮。

その場の全員が瞬時に身構え声の主に向き直る。


「まだだ……私はまだ……まだ戦えるぞ、バルテロォォぉぉ……

 本気の、私は、あんなものじゃない……どちらが、強いか……」


壮絶。その一言だった。

体中無事なところはまったくない。喋れているのが不思議な重体。口や鼻だけでなく目からも耳からも血を流し、ひしゃげた部分や膨れた部分などありえない見た目に様変わりしている。

特に右腕はかろうじてぶらさがっているという形容が似合う、肉の塊に等しい状態。

それでも、叫び、気迫を頼りに足を引きずりながらも前に進み、自身を打ちのめしたバルテロに向けて戦いに来る戦闘狂・コマチ。

押せばそれだけで倒れそうな有様なのに、ミハルも、ニイルも、ランドリューも、彼女から逃げることは出来なかった。


「ま、ま、マジでござるか!? なんなんでござるかアイツ!? あんなの最早人間じゃねえでござろうもん!!」

「どうする、あれってどうすればいい!? ミハルくん!?」


聞かれても困ると答えようとしたが、ぐっと飲み込んだ。

コマチの中では闘技はまだ終わっていない。決着が必要だ。


「ランドリュー、バルテロの声真似出来るか?」

「ん、まぁ……忍者でござるしな……つっても!」

「だったら……」


ランドリューにこれからの流れを語り、一歩を踏み出す。傷だらけのコマチの顔に、確かに喜色が生まれた。


「そうだ、来い!! 私はここだ!! お前の本気を―――」


身を乗り出したせいで言いながら倒れ、それでもコマチは比較的無事な左手を支えに立ち上がろうとする。

だが、立ち上がることは出来ない。ミハルが左手を蹴り飛ばし、肩を踏みにじったからだ。

激痛でコマチが叫ぶ。足先から伝わる気色の悪い感触と、弱々しい抵抗が、コマチという存在の崩壊を告げていた。


「バルテロぉ……ッ!!」

「『貴様で遊ぶのにも飽きた』」


なんとか顔を上げたコマチの表情が、バルテロ(ランドリュー)の言葉を聞いて悲しげに歪む。

その顔目掛けて、ミハルは足を振り上げる。

その一撃の威力を知るコマチだけが、その後に待つ結末を理解し、か細く身を震わせ、涙を浮かべながら乞うた。


「待て、待てぇっ!! 待って……待ってくれよ……私は、だって私は、まだお前と……」


言葉もなく振り下ろされた足は、コマチの顔のすぐ横を踏み抜く。

それと同時に石床が激しく割れる。これは傍でバルテロの声を出していたランドリューの忍法・嵐土竜によるものだ。

だが、バルテロの脚撃の威力からと錯覚したコマチは、息を呑み、涙を流し。


「『殺す価値もない。せいぜい闇に怯え、影に震えて死んでいけ……ヒトのメス』」


そして、最後の言葉を聞き届けた後で、死んだように気を失った。



……


……



「『死んだのか』」


コマチが動かなくなってはや数十秒。

最初に口を開いたのは、バルテロだった。


「いや、息してる。気絶してるだけっぽいな」

「っつーか、まだ死んでないんでござるな。どんな生命力でござるか」

「改めて、化け物だな……こいつは……」


コマチの胸に掛かったミハルのペンダントを回収し、立ち上がる。

身体を嬲られ心を折られ、勝利条件を満たす。これで、仮にコマチが目覚めたとしても決着を悟るだろう。

ようやく。

本当にようやく。


「それでは、僭越ながら拙者が」


息を吸う音すら聞き取れる、心地の良い静寂。


「波乱を極めた此度の闘技、その勝者は……

 『夜明けへの斥候兵』ミハル! そして、『雷槍』ニイルに『傭兵忍者』ランドリュー!!! 皆々様、万雷の拍手を!!」


観客の居ない闘技場に、勝鬨かちどきの声が上がる。

三人の勝利が、澄み渡る青空に飛んでいった。

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