希望 【月夜譚No.76】
背の高い銭湯の煙突が、この町のシンボルだ。ゆっくりと長閑な空気が流れる下町といった雰囲気の町である。
商店街には古い店が立ち並び、呼び込みの声と客の話し声がさざめく。少しレトロなその通りを抜けた先には小さな鳥居があって、足を踏み入れてみると石の祠があった。賽銭箱の代わりなのだろう、南京錠がぶら下がった木箱が置いてあり、その手前で野良猫が身体を丸めて寝息を立てている。そっと撫でてみると猫は目を開けてちらりとこちらを見上げたが、すぐにまた眠ってしまった。
ここに来るのは初めてだが、のんびりとしたこの町が気に入った。先ほどまでは不安だったが、今は町の色々な所を歩いてみたくてうずうずしている。
五円玉を木箱に入れ、手を合わせる。顔を上げてもう一度野良猫を見遣るが、彼女は我関せずといった様子で微睡むばかりだ。
肩から下げた大き目の鞄を身体を揺すって持ち直し、輝く双眸を道に向けた。まずは新しい部屋に向かわなければ。吸い込んだ空気は、肺と心を好奇心で満たした。