妖怪=猛毒ピンク
バタバタと慌ただしく、魔女王と女四天王が山道を駆け抜ける。
時刻は夕日も山の向こうに消え、じきに闇に覆われる夕暮れ時。
美少女に擬態したドッペルゲンガー(♂)と、その家族に偽装した美女&美熟女はうまく事を運んだようだ。
遠目に見ても、勇者一行が不審を覚えた様子はない。
この調子なら、今日にでも……もういつ、勇者一行が『生贄を要求した妖怪』の様子を確かめに来てもおかしくはない。
事前の最終確認を兼ねて、男共の様子を見よう。
勇者一行に先んじて彼女達が山に入ったのはその為だった。
男共には、いつ何時勇者に見られても構わないよう、夕暮れ時になったら延々エンドレスで踊り狂いながら「ウホウホ! ウホウホ! ウッホッホ! 生贄楽しみ! 妖精国の超コワイ疾風号に知らぬようこっそり楽しもう!」的な意味の歌詞で一晩中歌い続けていただくよう指示が下されていた。軽く拷問である。
ちなみに疾風号とはネモフィラたちの仕込みに利用させていただいている妖精犬の名だ。身の丈が3mくらいになる強力な妖精で、一度噛みついたら獲物の肉を食いちぎるか死なせるまで離さない!というキャッチフレーズが売りである。妖精国にてレンタルされており、今世代のレンタル犬でも一番人気の犬だという。
うまく今夜の妖怪目撃イベントが終了すれば、美熟女から疾風号の情報が開示されることになっている。勇者一行には是非順調にイベントを消化し、明日にでも妖精国へと妖精犬をレンタルする為に旅立っていただきたい所存である。この村から妖精国へは、最短でも片道一週間。そこから疾風号の名を頼りに広くて人間には排他的な妖精国の中からレンタルショップを探し、これまたネモフィラが現地で仕込んだ試練を達成して疾風号をレンタルし、また往路で用意した疾風号との絆イベントを乗り越えて帰ってくる。順調に予定を進めたとしても、一か月は余裕で足止め出来るはずだ。イベントを監督する為にも現地入りしている足止めスタッフ達の労力に報いるためにも、是非とも勇者一行には迷走してもらいたい。
ネモフィラ達が現場に辿り着くと、そこは昼間とはがらりと様相を変えていた。
周辺を赤々と真っ赤に照らし上げ、少し離れた場所にも余裕で熱気を伝える沢山の炎。
現場全体を囲むように小さな櫓が幾つも組まれ、その全てで炎が踊っていた。
広く空間を取られた中央には、巨大なキャンプファイヤー……?
その炎の周囲で、男達が狂乱に満ちた空気を撒き散らしていた。
ドンタタ……ドンタタ……と重く低音を響かせる太鼓の音。
シャンシャンと鳴らされるのは、男達の腕に巻かれた腕輪が擦れて鳴る音か。
鈍く鉄色に光る輪っかは、男達が腕を振り上げ、身を捻る度に炎を照り返して白い光を周囲に躍らせる。
両端に炎を宿した太い棒を太鼓の音に合わせて振り回し、一糸乱れぬ炎舞となっている。
巨大な焚火の前には、低い位置で長い棒を持つ二人の男。
自分の姿を誇示するようにパフォーマンスを披露した後、炎舞の輪から外れて一人の男が棒の前へと進み出る。
男達が口々に、太鼓の音にそろえて「ウッホ! ウッホ! ウッホ!」と掛け声を出し始める。太鼓と掛け声に合わせて、焚火に照らされた一人の男はゆっくりと身を逸らし始めた。
上体を、弓なりに背の方へと。
太い両腕はしっかりと胸の前で組み合わされ、自身の両肩を掴んでいる。
腕よりも太い足と、腰の筋肉が盛り上がる。
地面に着くかと思うほど、垂れる姿は収穫直前の稲のように重たげだ。
自分に限界ギリギリまで無理を強いている。それが見ているだけでもわかるのに、男は太鼓に合わせてゆっくり、そしてしっかりと小刻みに進み始めた。
前へ、前へと。
焚火に照らされた、長い棒の方に向かって。
ネモフィラ達の姿が目に入っているのか、いないのか。
だが現場にいる男達の視線は、注目は棒の前へと進む男一点に集中している。誰も、ネモフィラ達の存在を意に留めはしない。
まざまざと熱気に満ち溢れる男達の姿を見せつけられ、ネモフィラは思った。
なんぞこれ。
彼女の感想の全ては、その一点に集約されていた。
隣でハコベが頭を抱えている。
男達が極端に走ったからだろうか。
それとも肝心要の『歌声』が今に至るまで、それっぽいのが欠片もなかったせいだろうか。
男達の狂乱は、どうも主旨を忘れてしまっているようだ。
この後、ハコベの説教が炸裂した。
ただし踊りそのものは「まあ、ありかしら……?」とお許しが出たので、続行のようだ。
男達がそちらに集中して歌うことを忘れてしまいがちのようなので、男達の中で最も歌の上手い者がシンガーよろしく一人別格扱いで焚火の前に出て歌うことに決まったようだが。
そうして再開された男達の歌と踊りを見て、ハコベは深い溜息を吐く。
昼間に比べれば、大分マシだ。今度こそ大丈夫だろう。
そんな思いの込められた安堵の溜息だった。
これだけ歌い騒いで村の方にまで音や光が漏れると色々台無しなので、そういった諸々の影響を謝絶する結界だけ張り巡らせて。
ネモフィラ達は再び勇者一行の様子を見る為に現場を後にした。
この時、現場に踏み止まっていれば今回の計画が狂いを見せることもなかったかもしれないのに……
事態はまさに、ネモフィラの張った結界によって発覚が遅れた。
既に事件が起こってしまった後、勇者一行を尾行して現場へと戻ってきたその時まで、気付けなかった。
村で彼らに切々と己の悲しい身の上(捏造)を語った(演技)美少女(♂)達。
その話に、自らを勇者と定める王子様はネモフィラ達の読み通り憤った。
このままにはしておれぬと、いきり立つ。
そんな勇者を押しとどめ、諫めたのはロニウス青年。
いきなり行って戦うのは無謀すぎる。ここは情報を集めるべきだと青年は主張した。
今すぐに生贄を要求する化物(美女談)を倒しに行きたい王子と、慎重論を述べる公子。
多数決の結果、公子の意見が採用された。
渋る勇者を数の暴力で黙らせ、彼らは情報を集める為に偵察へと向かう。
本当は勇者を置いていきたいというのが公子の本音だったが、放置して暴走されても堪らないので仕方なしに連れていく。
そうして彼らが、茂みに身を潜めながら村の裏山を山頂まで登り切った、その場には。
先程までは、元気に男達がウッホウッホと踊り狂っていたというのに……
その場には、暴力による破壊だけが残されていた。
殴り込みという名の嵐が鎮まった後。
そうとしか思えない、凄惨な有様。
男達がせっせと一所懸命に組んだ櫓も焚火も、どこからか調達してきた太鼓もトーテムポールも。
全てが叩き壊され、打ち捨てられた残骸を晒す。
そうして、黒々とした毛皮を乱して……血を流し、地に伏す男達。
この場で一体何があったというのか。
勇者一行も、ネモフィラ達も、状況の整理がつかずに立ち竦む。
呆然という言葉が、彼らの心情を表すには相応しいだろうか。
そして荒涼とした破壊の跡に、ひとり。
明らかに異質な姿の何者かが、こちらに背を向ける形で立っていた。
威風堂々と、ショッキングピンクのミニスカートを荒んだ風に、なびかせて。
「アレは……あの方は、まさかっ」
隣で、ハコベが息を呑む。
信じられないと、驚愕と衝撃に目を揺らし……その繊手で自らの口を覆って。
ネモフィラもまた、その人物のことを知っていた。
話に聞いて、逸話を学んだだけだったが。
だがそれでも、あの姿を見れば一目瞭然、気付かずにはいられない。
そう、男達を蹂躙した犯人であろう、あの人物。
無慈悲なまでにピンクへとまっしぐらに走りすぎた衣装を身に纏った、あの人物を。
勇者一行とは違い、ハコベもネモフィラも、魔王国の者はそれが誰なのか知っていた。
面識がなくとも、一方的であっても、姿を見ればアレが誰なのか明らかない魔族はいない。
無言で背を向けていた人物が、勇者達の気配に気づいてかふと振り返る。
その姿を目にした勇者達の、息を呑む音が茂みに隠れるネモフィラ達の耳にもしっかりと届いた。
同時に、息を呑む程の衝撃を与えた元凶たる姿を、ネモフィラ達も正面からしっかりと見てしまうことになる。
目にしてしまったもの、その姿はなんというか想像以上に……
「話には聞いていたけれど……実際にこの目で見ると、予想以上にキますね」
ピンクのスカートにお花とハートとリボンが満載な、あの姿。
生々しい剥き出しの二の腕と、目に毒というにも程がある生身の太腿。
隆々と盛り上がる胸の間に深く刻まれた谷間……。
そして首に食い込む……むしろ締め付ける勢いで巻かれた、ピンクのチョーカー……。
フリルと繊細なレースで飾られた白いショートグローブは、本来なら幼女のドレスに合わせたくなるような愛らしい逸品。だというのに、今は指先まで見間違えようもなく滴る血に染まって真っ赤な花模様を咲かせている。
見れば見る程……なんて、無慈悲な…………。
震える指を組み合わせ、ネモフィラは祈った。
罪深き己の父が、今この時にも太っとい天罰の雷に打たれて儚くなってくれないだろうかと。
あの姿を作って世に送り出してしまった原因だからこそ、今こそ父には露と消えてほしいと祈らずにはいられなかった。
「セイ卿……強者ぞろいの魔族軍に置いて黒鉄の巨人と謳われた方が、なんて無惨な」
彼のその姿は、どこまでも男の威厳と矜持を踏み躙る残酷さに満ちている。
先代魔王……ネモフィラの父に、陥れられて呪われた哀れな男がそこにいた。
元将軍は 魔王(先代)に のろわれている !
 




