妖怪=ピンクの……?
抜かりなく、仕込みは終えている。
今回の作戦を指揮するハコベの言葉に、魔女王は信頼を示す。
だけど最高責任者として、一応の確認は必要だ。
ハコベの整えた仕込みとやらを自らの目で確かめるべく、ネモフィラはハコベの案内で村の裏にそびえる小高い山へと足を踏み入れた。
計画の実施要項によれば、この山奥にこっそり作った怪しげな祠近辺に今回の仕込み……『生贄を要求した妖怪』役の工作班を配置している、とのことだが。
「今回はスイートメイデンのところから人員を出してもらいましたの。細かい演技力よりも、荒事向きの能力の方が相応だと思いましたので。彼の統括する金融部門から。まあ、ようは借金取りですわね。加減して痛めつけることにも慣れていますし、恫喝やら恐喝やらに慣れているので意外に演技力も高いのですわよ。魔族相手には生半可な脅しなど効果がありませんもの、そこを相手に恐れられるよう上手く心理コントロールができるのですから、その辺の軍人や傭兵より使えますわ」
「ドルゴクラブと協力して今作戦に当たっている、ということですね。四天王同士、横の繋がりを密に作戦に当たるのは素晴らしいことです」
「四天王と言っても、もうすぐ元が付きますけどね。先王陛下の無茶ぶりに共に耐えた仲ですもの。我らの結束はここ数代の四天王の中でも強い方だと思いますわ」
結束は強い。
そうは言いつつ、本人に不似合いなことから敬遠されている姓で呼んでいる当たり、水面下ではハコベに何か思うところがありそうな雰囲気がある。
それに気付いているのかいないのか、ネモフィラはスルーしていた。
「さて、そろそろ現場に到着ですわね」
現場……古ぼけて朽ち果てたように見えるよう偽装された、祠のある場所。
そこには今作戦の為に配置した戦闘員が――
踊っていた。
焚火を囲み、輪になって、踊っていた。
そこまではハコベの指示だった。
生贄を要求する妖怪らしく、焚火を囲んで輪になって、怪しげな踊りを踊っていろと。
本番は、夜。
深夜二時頃を目安に、生贄役の家族が勇者一行をこっそり此処に誘導して妖怪の姿を目撃させる手はずになっている。
その時に違和感を与えないよう、まさにそんな生活を繰り返しているかのように自然に見せかけるよう、時間があったら待機時間に練習しているように言ったのは確かにハコベ自身だった。
さて、ここで魔族の一部族について語ろう。
魔族のほとんどは、人間とさほど違いのない姿をしている。
細々とした部分に違いが出ることもあるが、ぱっと見は人間と変わらない。
だが魔族の中にも少数派というのは存在する。
姿で言うなら、『二度見、三度見しても人間には見えない』姿の者達だ。
彼らの多くは、魔獣との混血に由来する血筋だとされている。
獣の混じったような姿をしている者がそれにあたる。
しかし獣交じりの姿でも、獣人とは違った。
ざっくり言うと、『二足歩行のキメラ』みたいな姿をしている。
そんな異形な魔族たちの中で、二足歩行の獣に見えるのは異形としてソフトな方だ。
今回、ゴルドクラブから借り受けた借金取り達は、作戦の元ネタにあやかって狒々――大型の猿に外見の程よくハマった者達を派遣してもらうことになっていた。
しかし派遣を要請する段階でナニか齟齬が生じたのか、行き違いがあったのか。
そこにいたのは狒々というよりも、ゴリラ的な方々だった。
あ、いや、訂正しよう。
一人だけマンドリル的な外見の方が混ざっておられました。
その数、総勢十九名(内マンドリル一名)
筋骨隆々とした、体長2m前後な黒々とした毛皮の方々。中にお一人だけ褐色な方。
そんな方々が、白い、貫頭衣めいた簡素な衣装を身に纏って。
赤々と燃える焚火を真ん中に、輪になって踊っている。
春の香りがそよぐ、森の木々に囲まれて。
反時計回りにぐるぐると回りながら、互いの手と手を握り合って。
男達の明るく野太い声が、一つの歌を柔らかく唱和していた。
「ら~らら~♪ 輪になって踊ろう~♪」
「「「「「ららららら~♪ ら~ららららら~♪」」」」」
ネモフィラは両手で顔を覆い、地に膝をついた。
ハコベは言葉に出来ない激情を抑え込もうと、側の木に抱き着く勢いで駆け寄って拳を打ち付けた。
この光景を前に、なんと言おう。
言葉でどう言い表せば良いのか。
必死に探しても、言葉が見つからない。
ひらりひらり、ちらちらと赤い色が踊る。
顔を覆った指の隙間からそれを見たネモフィラは、指を外して顔を上げた。
薄桃色や黄色、橙色の愛らしい花が空から降り注ぐ。
よく見ると周囲の木々に上ったゴリラ的な方が数名、木の葉の影から花を振りまいていた。
ネモフィラは、座り込んで自分の膝に突っ伏した。
なんと言えば良いのかわからないが、何はともあれ酷い光景だった。
~四半時後~
男達は暴力的な衝動のままに言葉なく襲い掛かったハコベによって、横三列に並ばせられた上で正座していた。頭痛を堪えながら気丈に佇むハコベの話を拝聴する態勢である。
足の下には尖った石が無数に転がっていたが、彼らは分厚い毛皮のお陰でノーダメージだった。
しかし腕を組んで佇むハコベの方は、精神面に重篤なダメージを負っていた。
先程、見せつけられた予想外な映像のインパクトが強すぎた為だ。
「何か、弁明はあるかしら?」
「あの、あっしらなんで説教喰らうポーズになってるんで?」
「わからない? そう、だったらわからないことが罪なのよ……」
「ええぇ……」
「アナタたち、さっきの踊りはどういうことなの? 渡した企画書、ちゃんと読んだの」
「いや、ちゃんと読んだっすよ」
「ほら、タツ……やっぱあの踊り趣旨が違ったんじゃね?」
「ああ、やっぱな。なんかおかしいと思ったぜ」
「ちょっ……てめぇら、俺一人に泥おっ被せるつもりか!? 検討会議の結果、納得の上でてめぇらも賛成したんじゃねえか!」
「検討会議? したの? 会議したうえで、議決してあの踊りなの?」
「だって企画書、『怪しい踊り』って書いてあったじゃないっすか」
「そうね、確かに怪しい踊りって書いたけれども」
「検討に検討を重ねた結果、俺らのビジュアルを鑑みて、俺らが実行して一番見た目にダメージ強くて怪しげな光景になる踊りは何だろうって議論の末に採用されたのがあの踊りでして……」
「確かにダメージ強かったけれども! 確かに、見た目怪しげなことになっていたけれども……!! でも、あの踊りはなんだか傾向が違うでしょうが!!」
堪え切れずに叫んだハコベの声には、言葉に出来なかった思いの丈がこれでもかと詰め込まれていた。
大した運動をしたわけでもないのに、肩で息をしている。
気まずそうに互いを見合わせた男達は、神妙な顔でぼそぼそと述べる。
「あの、俺らもう一回考えてみますんで……」
「頼むわよ! 頼むからね!? ちゃんとしっかり考えてよ!?」
一応、意志のすり合わせが必要だろう。
こんな感じ、とイメージ図を改めて紙に描いて渡し、不安な気持ちを抱えながらもネモフィラとハコベは現場を後にした。
つきっきりでちゃんと仕上がるか監督したい気持ちもするが、ここにばかりかかりきりになる訳にもいかない。何しろターゲットはほんのすぐ近くにある村にいるのだ。
そちらの様子も確認する必要があるだろうと、胸の中に暗雲を広げながら魔女王様は村に向かった。
後に残された男達が、数時間後に襲撃を受けるとも知らないで。
「とりあえず練習しようぜ」
「俺、火を焚く」
「じゃあ俺、火をつけた棒振り回す」
「そんじゃ俺は全員分の腰蓑作るわ」
ハコベから説教された男たちは、迅速に新たな方針を決める。
次は民族系……ファイヤーダンス風に走ることにして。
各々で準備を進め、早急に太鼓が用意され、腰蓑が揃い、火をつけて振り回す為のアイテムが集められて。
「踊りながら、この棒の下をくぐるのとか、どうよ」
「お、アレだな? 上半身を逸らせながら手を使わずにくぐるやつ」
「見て、バナナ!」
「これどうよ? そこで捕まえた猪の牙と木の実で作ったアクセサリー!」
「おお! すげぇすげぇ! 俺も作ったぜ、葉っぱと鳥の羽を束ねて作った輪っか飾り!」
「お、いいじゃん。頭に被ったら映えるんじゃね?」
「見てみて、バナナ! バナナ!」
「周囲に火を焚いた櫓作ろうぜ! 1.5mくらいのヤツ」
「まあ素敵。そこで俺の作ったこれですよ」
「なんと……見事なトーテムポール!!」
「着色しようぜ! 誰か絵の具持ってきてー!」
「バナナー!!」
和気藹々と、準備は整えられていく。
この夜に待ち受ける自分達の運命も知ることなく、男達は新たなダンスの練習に明け暮れる。
賑やかで騒がしい声と、物音。
それに紛れて春風がふわりと花の香りを運ぶ。
緩やかになびいて、ふわり。
目に眩しいピンクのリボンが風に踊った。
男達の目がいかぬ、木々の向こうで。