美少女=魔物的なナニか
物陰から、勇者(笑)一行の姿を監視する者があった。
高貴な身分を思わせる艶やかな長い髪をまとめ上げ、地味な服装をしていても気品がにじみ出る。
それでいて草むらに身を伏せ、自らが汚れるのも厭わずにただただ冷静な目で監視を続ける。
魔王城にいらっしゃるはずの、ネモフィラ女王陛下が。
「……あの者、中々の演技達者ですね。流石、ハコベが本作戦の『ヒロイン』として抜擢するだけのことはあります」
「ええ、当方の秘蔵っ子ですの。あの子をはじめ、この村で一緒に暮らしている設定の母親役・姉役どの子をとっても自信をもってお客様の前に出せる自慢の配下ですわ。これで美幼女を加えれば必ずや誰かが勇者の性癖に突き刺さることでしょう。特殊性癖でもない限り」
「幼女は特殊性癖に入るのでは……? 幼い者を変態にけしかけるような真似は、居たたまれないので絶対に止めてくださいね。しかし、遠目に見るからかとも思ったのですが……どう見ても、あの者は魔族ではありませんね?」
「ええ。魔族の国だからと言っても、魔族しかいない訳ではないでしょう? 食い詰めて、色街に身をやつす者だってそれなりに。今回の作戦はなるべく不自然を排してターゲットに気取られにくくする為にも、なるべく人間から抜擢するようにしましたの」
「素晴らしい。流石の対応力です。あそこまで至近距離に接するのですから、細部にまでこだわってもらえるのは助かるわ」
「ただ、難点が一つ」
「……なんでしょう?」
「流石にあそこまで条件を限定して、演技・容姿ともに一級品の者を集めるのは難しく……
生贄役のあの子、実は魔物なんですよね」
「………………それは、遭遇すると死んでしまうという、都市系伝説の?」
「それは自分と同じ姿のドッペルゲンガーの場合ですわ。今回はあの子、カタバミ・ベルシュトーナという名なのですけれど、彼には色街一の美貌を誇る少年の姿を映しとらせておりますの」
「待って、聞き捨てならないことが、今……彼? それに、少年って」
「……いちばん、美しかったので。ええ、そのへんの少女よりも、よほど、ヒロインの呼び名に相応しい美少女ぶりだったので。そしてドッペルゲンガーの中では彼の対応力と演技力が頭抜けていましたの」
「………………………………性別は、いちばん重要な部分では?」
何故、寄りにも寄って。
この局面で、敢えて作戦の難易度を上げるようなことを。
「でもあの子がいちばん、演技力と対応力が高かったので……擬態もばっちりでしたし」
「あんなに遠慮なく押し付けてますけど、あの胸どうなってるんですか? あの姿は男性に擬態してのもの、なのですよね。あそこまで密着されて、気付かないもの?」
「ああ、胸にはこの作戦の為にカタバミ自身が研究開発した、感触も超リアルなスライム式偽乳を……色街の皆で触ってみましたが、本当に本物のような手触りでしたわ。あの子、本当に研究熱心で完璧主義者なんです」
「対応力ってそこ? そこで発揮するの……? 何をやっているんですか、あなた方は」
「少なくとも、私自身は作戦遂行のことしか考えておりませんわ」
そんな会話がなされつつ、二人の女魔族は勇者一行を若干生温い目で観察していた。
上目遣いで縋りつく絶世の美少女に遠慮なく胸を押し付けられていると思いきや、実態は美少年に擬態した都市伝説系モンスターに妙な完璧主義を発揮して研究開発された原料:スライムの偽乳をぷにぷにと押し付けられまくっているのである。
大した密着ぶりであり、そこには偽乳の感触に対する製作者の自信の程が見て取れる。
どうだ、これだけくっつけられても偽物だとは見破れまい、と。
遺憾なく発揮された原料:スライムの偽乳の威力は、若い勇者を十分に翻弄しているようだ。
遠目ではあったが、魔族である彼女らの目にはハッキリと見えていた。
勇者の頬が、僅かに赤くなっていること。
そして目のやり場に困ったのか、その視線がうろうろと泳いでいる様が。
外見詐欺、そんな言葉が魔女王の脳裏に過ぎる。
そんな魔女王様の隣では、ハコベ女史が「結婚詐欺……いや、美人局でもいけそうね」と他所事を考え込んでいた。
魔女王陛下様のご命令にて発動した、本作戦。
勇者足止めの第一歩は、ありがちなヒーロー物の絵本に着想を得ている。
ありがちだからこそ、勇者に憧れや思い入れを持つ者の心に刺さるだろうと考えてのことだ。
彼女が着想を得た絵本。
長い歴史を誇る魔王城の、歴代王子王女がプレイルームとして使用していた日当たりのいいお部屋で、やはり彼女も幼少期に手を伸ばしたことのある本棚の一冊。
いつ頃からそこにあるのかも定かではない、そんな古い古い絵本だ。
よく手入れされた表紙には、古い異国の意匠で狒々と闘う犬の絵が描かれていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「まさかこんな恐ろしく悲しい出来事が、王国内で起きていたなんて……生贄なんて、時代さ、さん……さむ……さく……? じ、時代遅れだ!」
悲痛な顔で、だけど強い輝きを目に宿して王子は呟く。
この声には、確かに義憤が込められている。
腕には相変わらず、胸の大きい美少女をくっつけたままだったが。
うるうると目に涙をにじませて、美少女はひたと王子を見つめている。
零れ落ちそうで、零れない。
絶妙な感覚で涙は目の位置に留められている。どうやってコントロールしているんだろうか。
「王子……文学の授業、さぼるから」
「勉学に身を入れていなかった因果が巡っておりますわね」
「う、うるさいな! それより、お前たちは何も感じないのかよ!」
「ううん……しかし、生贄、ねえ?」
「そのような報告、国には上がっていないはずですわ。報告があれば貴重な実戦の機会だと危機として騎士団が新兵訓練のキャンプメニューを立てていたはずですもの」
「とにかく、お前はいったん落ち着け?」
「これが落ち着いていられるっかよ! こんなにか細い、戦う力も何もない女の子がバケモノの生贄にされそうだなんて聞かされて!」
「う、うぅ……これも村に生まれた者の定め。白羽の矢が我が家の屋根に刺さっていたんですもの。仕方ありませんわ。ですが、この世の無情……私の弱い心は、どうしても、助かりたいと……うっ」
静かにとうとうと涙を流しながら、先ほどまでの動揺を何とか抑えて語る少女。
しかし抱え込んだ激情は、堪えきれるものではなかったのだろう。
どうしても漏れ出てくる嗚咽をなんとかしたい一心で、少女は両の手のひらで口を押える。
ふるふると震える痛々しい、白く小さな肩。
見る者が皆慰めずにはいられないような儚さと健気さがそこにはあった。
まあ、それは全部、演技なわけだが。
今にも硝子のように砕けて壊れてしまいそうな、薄幸のヒロインそのものといった様子なのに。
生贄に選ばれて一週間後にはバケモノに食い殺されてしまうんです!
そう語ったその口は、自身の手のひらの下で仄かな笑みを刻んでいた。
プロ根性が自制心を働かせて、すぐさまそんな僅かな笑みもしまい込まれはしたのだが。
到底演技には見えない、迫真の演技。
それに惑わされて、勇者達は少女の家に案内される。
確実に数日、上手くすれば数か月。
何が何でもこの村に釘付けにして足止めしてやろうという、プロの魂胆など知る由もなく。
少女の家に更なる工作員の罠(プロによる歓待)が待つことなど、予想できるはずもなく。
「まあ、旅人様……我が娘を救ってくださるのですね」
「ああ、ああ……有難うございます、逞しくて素敵な旅人様!」
娘を、妹を救う一縷の望みにかけて、必死に感謝の言葉を尽くす美女と美熟女。
そういう役柄を身に纏い、夜の蝶たちは勇者一行の懐柔に乗り出した。
この時はまだ、山で彼らと遭遇することになる『脅威』のことなど、彼らは何一つ知らずにいた。
魔族の国にも都市伝説的なナニかはあるらしい。
さて、勇者一行は山で何に遭遇してしまうのか!?
a.狒々っぽいナニか
b.妖怪らしきナニか
c.山犬的なナニか
d.マッチョ
e.先代魔王
f.魔法少女風味なナニか