村の生贄=美少女
勇者(笑)一行は、まっすぐ一路魔王の国へ……
……向かおうとしたのだが、彼らも人間、つまりは生き物である以上、程よい休息と補給はどうしたって必要だった。
だから当然の帰結として、物資の補給と休息の為に適宜人里へ立ち寄る必要がある。
彼らも旅慣れた玄人ではないので、野宿は労力がかかりすぎる。
しかも彼らの身の上は王侯貴族。
一行の中には蝶よ花よと育てられた公爵令嬢までいるのだ。
どうしたって、旅は順調に進みはしない。
最短で魔王の国へ、というのは無理のある話だった。
一日の移動距離自体は、それぞれが素晴らしい速度を叩き出す馬車馬を所有していたので極端に道行きが遅れると言うことはなかったが。
そんな彼らが進む先に、山間の中。
ひっそりポツンと、忘れ去られたように寂れた小さな村があった。
管理するために行政がつけた名前はマネジ村。
付近の住民には、山中村と呼ばれていた。
小さな小さな、旅人の訪れさえも「今日の事件」に数えられてしまうような、そんな村に。
勇者(笑)一行が訪れる、一日前。
その村に忍び寄る、怪しい影が……
「村長、村長はいるか」
「はいはい、私が村長ですよ。誰g――おや、おめずらしい。もしやお役人様ですか?」
山中村の村長は、呼び出しに応じて戸外に出るや小首を傾げる。
御年57の村長が首を傾げてしまうのも、この村ではまあ仕方のないことであろう。
常であれば徴税の時にしか、国の人間がこの村に立ち寄ることはない。
領主でさえ、村の存在を普段は忘れているだろう。
だが徴税の季節でもないのに、村長宅に一般人とは思えない者の来訪があったのだ。
そのかっちりとした雰囲気は、ちゃんと名乗られた訳ではないが「国の人間」という印象を受ける。役人特有の、堅苦しい空気があった。
それに男が着ている服も、村にやってくる偉そうな役人の官服に似ているような気がする……
村長は田舎者なので、官吏の服に詳しくはなかった。
ただ何となく、それっぽいな、という感じがわかる程度で。
彼が目にしたことのある官吏の服より装飾が多くても、デザインの方向性が違うような気がしても、いっぱい飾りがあるからあの木っ端役人よりも偉いお役人様なんだろうなぁと呑気に受け止めた。
官吏の纏う服から「所属する国の違い」を察するなんて芸当、辺境の村の村長さんには知識もないし難易度が高すぎた。
そこを計算してのことか、それとも疑問に思われても押し通す気でやって来たのか。
かっちりした空気の役人さん(仮)は生真面目で堅苦しい雰囲気を壊すことなく、村長さんに厳かに告げる。
「実はな、村長。この村に頼みがあるのだ」
「……頼み、でございますか?」
「ああ。実は明日、この村にやんごとなき方々のご一行が立ち寄ることになっている。実はな、彼らの『歓待』に関してなのだが――」
そうして、男の告げたことは。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
勇者一行が村に立ち寄ったのは、まさに怪しい男が村長宅を訪れたのと同じくらいの時間帯だった。
「あら、とても牧歌的な村ですわね。アレは何という犬種の犬でしょう? 少し太らせ過ぎではないかしら。犬にも不摂生というものがありますのね」
「エーデルワイス嬢、アレは豚だ」
「豚? まあ、豚というのは、あのような姿をしていますのね」
「ロニー、ここはなんて村なんだ?」
「記録にはマネジ村、とあるな」
休息と補給を求めて、村にお嬢様の戦s……馬車が乗り入れる。
人の多い場所に来たからだろう、その速度は魔物を撥ねた時の暴走ぶりが嘘のように静かな徐行ぶりだ。
脇を固めるように、馬を降りて歩くのはガラム王子と従者ロニウス。
そんな彼らを今か今かと待ちわびていたかのように。
否、実際に待ちわびていたのだが。
わっと泣き崩れるような声と共に、民家の角から飛び出してくる者が一人。
それは小柄な、鄙にも稀な美少女で。
真珠のように煌めく涙をこぼしながら、よろけるように駆けて。
ごく自然な動作で、ガラム王子にぶつかりかける。
王子に気付いて足を止めようとして、逆にもつれさせたのだろう。
ふらりと、ガラム王子の胸に崩れ落ちた。
あまりに見事なその一連の出来事は、時間にして五秒ほどの間に起きて、終わった。
これが暗殺者であればガラム王子は胸をあっさり突き刺されていたことだろう。
そしてむざむざと王子を死に至らしめたことを罪に問われ、ロニウスは斬首されていたに違いない。魔王と戦って名誉の死を得るのならともかく、か弱い女子供が身をやつした刺客に殺されるなんて以ての外というしかないのだから。
そのことに即座に思い至り、ロニウスの顔から血の気が引く。
なんだかんだで普段は護衛の近衛騎士に身の安全を保障されていた王子と、大貴族の御曹司だ。この少人数で構成された旅路では自分が護衛の役目も果たさなければならないとわかってはいた。わかってはいたが、実際にこのような場面では不慣れが目立つ。エーデルワイス様の馬車が邪魔で反対側にいるガラムの元へ駆けつけるのが遅れたのだ、とかそういう言い訳は効かない。
思慮が足らなかったと、ロニウスは反省した。
今度から人里に下りる時は、ガラム王子が泣いて嫌がってもエーデルワイスの馬車に同乗させようと固く決意して。
幸いにも、ガラム王子の胸に飛び込んだ娘は暗殺者ではなかったので、結果として彼らは命拾いした。
しかし暗殺者ではなかったが、娘が厄介の種であることに変わりはなかった。
「お助け下さい、旅のお方……!」
胸が張り裂けそうな、悲痛な声で。
娘はガラム王子の胸に縋りつき、涙ながらに助けを請うた。
その光景を「あらあら」と面白そうに見守るエーデルワイス嬢。
貴女の御婚約者様が他の女と抱擁を交わしている状態ですが、よろしいのでしょうか。
一方、婚約者の冷静な眼差しに反して縋りつかれた王子様は物凄く動転していた。
今の今まで、この世に生まれてから二十余年……未だかつて、こんな風に必死に縋りつかれたことなんてない。王子様という身分上、あるはずがなかった。
しかも縋りついてくる娘さんが………………すごく、美少女なのだ。
こんな田舎にいることが不思議でならない、鄙にも稀な美少女だったから。
より一層、王子様はドギマギと初遭遇する事態に混乱していた。
「た、助けてって……敵襲か!? ほら貝吹くか!?」
そう、混乱していた。
混乱しているのは分かったから少し落ち着け、と。
ロニウス公子が背後から王子様の後頭部を思いっきり叩いた。
スパーンッと良い音がした。
殴られてつんのめった王子の胸に、柔らかな感触が食い込む。
ついきゅむっと抱きしめる形になってしまった、潤んだ瞳の小柄な娘。
力強い腕に涙を浮かべながらも頬を染める。
その姿は、さながら英雄物語のヒロインのようだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
彼らが村を訪れる、一日前のこと。
村長の家を訪れた役人らしき男は、村長や集められた村人を前にこう言った。
『――明日この村を訪れるやんごとなき方々は、リアルな『勇者ごっこ』をご所望なのだ』
偉い方々の考えることは酔狂というほかないが、相手は雲上人の方々だ。
なに、必要な経費その他はこちらで出すし、直接お相手をする必要もない。
彼らのごっこ遊びにお付き合いする『役者』もこちらで手配済みだ。
お前たちは、ごっこ遊びの参加者様方が興ざめしないよう、役者ややんごとなき方々に話を合わせておもてなしすれば良いだけだ。
もちろん報酬も十分に用意しているとも。
……付き合ってもらえるだろうな、村長?
いま、勇者(笑)一行に魔王の恐ろしい(?)罠が降り注ごうとしていた。
その罠の名を、人は『やらせ』と呼ぶ――。