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初戦闘=生まれる連帯感

旅立った王子一行はどんな調子なのか?

こんな調子です。



 勇者(※自称)ガラム一行が王都を出発して、五、六時間ほど経ったかどうかという頃合いだろうか。

 彼らの向かう魔王の根城……その領土たる魔族の国まで、マサラ王国の王都からは順調にいって5日という距離。今では国交も閉ざされているが、かつては交流していたので街道も関所もしっかりと旅人の歩みを助けている。

 そんな街道のど真ん中を、車輪の音響かせ進む、見た目にも存在感満載な一車両。

 淑やかな御令嬢と小柄なローブの不審人物を乗せた戦s……馬車が道を行く。

 そのすぐ脇でそれぞれ馬に乗った青年2人が、それはそれは気まずそうに戦s……馬車から目線を逸らしていた。

 淑女の鑑と謳われていたエーデルワイス嬢と戦車の組み合わせは、何故かとても、そこはかとなく空恐ろしいものがある。

 その思いはきっと、30分後の光景を予見していた。


「――っ魔物だ!」


 最初に気付いたのは、一応剣の腕を見込まれただけあって戦闘能力は頭抜けているらしいガラム王子だった。

 彼が仲間たちに警告した通り、左右の茂みを割って、意図的に彼らの前に何かが現れる。

 それは鋭い角を額と両肩から生やした、黒い魔物(ジャッカル)の群れ。


「まあ、なんということでしょう……」

「エーデルワイス、お前は下g」

「怠慢ですわ。ええ、これは怠慢ですわね」

「……はい?」

「ここは王都からさほど離れた場所でもありませんのに。確か、まだ騎士たちの巡回ルートの内側の筈です」

「え、あ、うん。そうだな?」

「人間に徒なす敵性生物の定期的な間引きは彼らの業務範囲に含まれる重要事項ですもの。民達が襲われることのないよう気を配ることは彼らの責務ですわ。だというのに、こうして人里近くまで魔物が来るなんて……これは査定担当の者に申し伝え、かつ、お父様にお頼みして騎士たちを鍛えなおしていただくべき案件ですわ」

「いや、そんなこと言ってる場合か!? 今まさに襲われてるところだからな、俺達! 騎士の査定がどうの訓練がどうのと検討するべき場面じゃないからな!?」


 イヌ科お得意の連携で、獲物と見なした勇者(※自称)一行を取り囲む。

 どうやら彼らは、王子様達をナイスな獲物と認識しているようだ。

 じわじわ、出方を窺いながらも貪欲な目がギラギラと赤く輝いている。


 ――ぐるる……ぅるるるる……


 喉を危険にぐるぐると鳴らして、今にも飛び掛かってきそうだ。

 危険だと判断したら、躊躇わない。躊躇ってはいけない。

 相手は魔物だ。

 そもそも人間にとっては敵対種族。

 ガラム王子はお腰につけた黍団子……ではなく、剣を手に取った。

 誰よりも前に出て戦う。

 そして皆の剣となり、盾となって危険を引き受ける。

 それが天より、先祖より剣の才能を授かった自分の仕事だと思ったからだ。


「みんなは俺が守る……!」


 そんな覚悟で剣を手に黒い魔物の群れへと対峙するガラム王子。

 その、後方で。

 優雅な余裕を崩すことなく、お嬢様が己をレースの扇子で扇ぎながら、言った。


「クミン、轢きなさい」

「え……あ、はいっ! かしこまりました、エーデルワイス様……っ」


 瞬間、戦s……馬車、爆走。


 目の前に、魔物たちのすぐそばに自国の王子様がいる?

 そんなこと知ったこっちゃねえとばかりに、馬車が勢い上げって突っ込んでいく。

 全力で、蹴散らしにかかっていた。

 ……ガラムごと。


「うぉぅっ!? あ、危ねえ!!」


 間一髪、寸でのところで後方から突っ込んできた戦s……馬車に気付き、咄嗟に跳躍して避けるガラム王子。流石の反射神経だ!

 まあ、気付くのも当然だろう。

 凄まじい車輪の音に気付かないようだったら、耳鼻科のお医者さんに相談した方が良い。


「が、ガラム王子……っ! エーデルワイス、どういうつもりだ!? さすがのあの体力馬鹿も、今のは直撃したら轢殺は免れないぞ!」

「え、エーデルワイス様ー……」

「案じることはありませんわ、クミン。天より才を授かったガラム様ですもの。このくらいは軽々と避けられて当然ですもの。余裕です、余裕」

「いや、めっちゃ必死な形相で……」

「ガラム様の御身を案じる必要はありませんわ。ガラム様は必ず避けます。さ、クミン、まだ魔物が残っていてよ?」

「あ、はい」


 そして馬車は、更に速度を爆上げした。


 その速さは既に馬車とかそんな規模を逸脱している気がする。

 明らかに、馬の速度ではない。

 縦横無尽に小回りキメキメでバトルフィールドを駆けまわる、戦sy……馬車。

 巻き込まれては堪らないと、慌てて退避行動を選択するロニウス公子。

 ガラム王子? 他人を気にしていたら自分の方が死んでしまう。

 まず間違いなく自分の方がガラム王子よりも生存能力低そうだからと、自分の命を守る行動に専念することにした。

 そんなロニウスに、涼し気優雅な有様でエーデルワイスが声をかける。


「ロニウス様? わたくしの馬車、もう1人まででしたら定員人数内ですわよ。お乗りになります?」

「……いや、その速度の馬車に飛び乗れる運動神経の自信はない。今回は距離を取らせてもらおう」

「あら、仕方ありませんわね。クミン、ロニウス様への配慮は無用です。さあ、最高速度を叩き出しなさい」

「は、はい!」

「ぅおおおおおおぉぉぉいっ!! ちょっと待て、落ち着け! 俺がいるんですけどー!!」


 いつの間にか、いや、逃げ惑っている内にだろう。

 狭い範囲内を、馬車という無慈悲な不条理に追いかけ回されている間に、どうやら自然と逃走経路が重なったらしい。

 いつの間にか魔物(ジャッカル)達と進路を共にし、一緒くたに逃げ回っているガラム王子が超必死に声を上げて熱い自己主張を試みる。


「エーデルワイス! 俺のことを殺す気か!?」

「まあ! 何をおっしゃいますの、ガラム様。わたくし、未来の旦那様を殺す気など毛頭ありませんわ。まだ婚礼もまだですのに、今から未亡人になる気はわたくしにはありませんわよ」

「じゃあなんで俺、いま殺されかけてるんだよ!?」

「ガラム様、何か誤解があるようですわ……わたくし、決してガラム様を傷つけようだなんて思ってはおりませんことよ。そう、どうしてガラム様はわたくしの馬車の前を走っておいでなの? わたくし、ただ、人間にとって害悪である危険な魔物を討伐しようと考えているだけですのに……そう、わたくしに選択し得る最大の手段でもって」

「それに俺が巻き込まれかけてるんだがー!!?」

「ま、ガラム様ったら。うふふ、ガラム様はお強い方ですもの。巻き込まれて『尊い犠牲』にはなりませんでしょう? こんな馬車ごときで殺せる方だとは、このエーデルワイス、ええ、欠片も思っておりませんわー」

「その穏やかな微笑みが超コワイんだよっ! ってか死ぬ! 俺だって馬車に轢かれれば挽肉待ったなしだからー!!」


 圧倒的な物量を誇る馬車を前にしては、人間と魔物の壁などそう厚くはなかったようだ。

 互いにいがみ合うことも忘れ、まるで団子のように一緒くたに転げまわり、走り回る魔物と王子たち……これも『動物と戯れる王子様』と表現して良いのだろうか? 大いに悩ましいところだ。


「うぉぉぉおおおおおおおおおっ」


 何より『戯れる』と表現するには王子様がちょっと極限状態じみた必死さを発揮している点が、何よりも一番悩ましかった。


「く……っ」


 自分もろとも纏めて魔物を始末しようとしているとしか思えない。

 ガラム王子はついに両手にぎゅっと力強く剣を握りなおし、今まで散々転げまわりながら逃げてきた苦難……戦sy、馬車に向き直って覚悟を決めた男の顔をした。

 両足が、ぐっと血を踏みしめる。

 圧力によってか、単純な力のなせる業か、ガラムの下で地面が僅かに陥没した。

 血を吐くような、魂の籠った叫びが上がる。


「こんなところで……こんなところで死んでたまるかよぉぉおおおおおおっ!!」


 カッと目を見開いて、ガラム王子は正面に迫る馬を見つめた。

 生まれ育った華やかな王都を旅立ってから、約六時間。

 確かに、こんなところで死んでしまっては話にならない。

 まさに「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」といったところか。

 しかも死因が仲間から轢殺されましたなんてことになったら情けないどころの話ではないだろう。そうなってしまっては「敵は身内にいた」状態である。

 逃げる足を止めて、馬車の前に立ちふさがったガラム王子。

 それまで散々一緒に逃げ惑いまくっていた魔物(ジャッカル)達が、戸惑ったように足を止めた。

 僅かな戸惑い、逡巡……迷うような仕草で、おろおろと彼らはガラム王子を見つめていた。

 逃げるべき未来と、振り払うに迷う過去を見比べるように。

 ずっと(※正味15分)一緒に苦しみ、もがき、地を這って苦難を共にしていたから、だろうか。

 知らず知らずの内に、王子と魔物たちとの間にはどうやら謎の連帯感が芽生えていた、らしい。


 きゅぅん、きゃん!

 きゃんきゃん!


 意外と可愛らしい声で、魔物たちがガラム王子に鳴きかける。

 どうしたのか、と問いかけるように。

 一緒に逃げよう、と誘いかけるように。

 だが、ガラム王子はなお強く眼差しに力を込める。

 彼は自分を気に掛ける戦友(※魔物)に、強がりを見せぬよう鋭い声をかけた。

 

「お前ら、俺は置いて先に行け!」


 気にかけてくれて、誘ってくれて嬉しかったぜ……。

 殉職の覚悟を胸に秘め、王子は剣を振りかぶる。

 同じ苦難を共にした、戦友(※錯覚)の命を繋ぐため。

 仲間(※錯覚)を守るために自分の命を使うなら、それもまた本望と……


「うおおおおおおおおおおおおおお……!!」


 裂帛の気合を込めて、王子が剣を……!

 ……というところで。


「おおお……おおっ?」


 王子の後頭部に、鈍い衝撃が走った。


「何やってんだ、馬鹿ーっ!! 状況に流されるなって、いつも言っているだろうが!」


 薄れゆく視界の中。

 王子は自分の襟首を掴んで引きずっていく、従者(ロニウス)の姿を見たような気がした。

 





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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり勇者側はマトモじゃなかった。 それに勇者(自称)の先祖って実は某アホ…じゃなくてアロイヒとか? そしてお嬢様、貴女どっかのド田舎(魔王城の隣)に知り合いとかいません?
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