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勇者の出立=野放しにされる王子様

前話、誤字報告をいただきました。

有難うございます!



 その日、ロニウス青年の頭痛の種がまた問題を炸裂させた。

 

「あ、アイツ……! 前々から妙に行動力のありすぎる馬鹿だと知ってはいたが」


 話を聞くなり、自然と体は動いていた。

 即ち、ツカツカと無作法にならない範囲の速足で王城内にある一室を目指す。

 そこは彼の便宜上の主……彼が側近という名の『お目付役』として時に諫め、時に宥め、時に脅しつつ締めに滾々と懇切丁寧に何が駄目だったのか解説して理解させるまでを一連の流れとして『教育』するよう国家最高権力者直々に『お願い』されてしまっている健康優良26歳児のお部屋である。

 自分の認識が間違っていないのなら、彼は父親である国王の命により、現在旅立ちの準備を整えている筈で……糧食やら旅用の簡易寝具やら携帯用の調理器具やらといった、旅に必要な物資の確認と手配に、ロニウス青年が目を離したのは僅か一時間ばかり前の事。

 たった一時間目を離した隙にやらかしたのかと、ロニウス青年の額に青筋が浮かんでいる。

 国内屈指の権力を握る、ガーランド公爵家の嫡男。

 そんなご立派な、苦労など知らなさそうな、何もしなくても我が世の春を謳歌できそうな素敵な身分とお金と権力を約束された生まれだというのに。

 ロニウス青年の顔にはしっかりと、『苦労人の相』が浮かんでいた。

 原因はただ一つ、彼の便宜上の主にしてマサラ王国の第三王子ガラムにあった。


「ガラム・マサラぁぁあああああ!! ……様、このバカが!」


 第三王子が馬鹿なことをしでかした時には、我慢できんだろうし殴って良し!

 国王から直々にそんな確約をいただいちゃっているロニウス・ガーランドは耐えられなかった。

 暴力的な衝動を我慢せず、彼は重い扉を開く。

 というか、衝動に任せて蹴り開けた。

 開いた扉の向こうに旅装束へお着換え中のガラムくん(26さい)を発見するや、躊躇い0で手に持っていたフライパンを振りかぶっていた。

 第三王子様の後頭部に、フライパンがめり込んだ。


「いきなり何するんだ、ロニー!」

「誰がロニーだ。僕の名前はロニウス、略すのは止めて頂きたい」

「なんで俺、いきなりフライパンに襲撃されたの」

「それはお前が、僕の目が離れた隙に、またぞろ馬鹿をやらかしたからだ! 前々から言っているだろうに、なんで僕のいない間に勝手な判断を下した!? 言っていただろう、せめて何かやらかすなら僕のいる時にやってくれって! そうしたら馬鹿だと判断した段階でお前を止められたものを!」

「あ、いた! いったたたた! ロニー、ロニー、爪! 爪食い込んでる!」

「食い込ませているんだよ、馬鹿殿下め! 僕のいない隙に何やっちゃってくれてるんだ! ちょっと殿下の側を離れただけなのに僅か二時間で噂が僕のところまで回って来たんだぞ!? それを聞いた時、僕がどう思ったのか懇切丁寧に解説してほしいのか! なんで方々で、お前、自分が勇者に任じられたなんて吹聴して回ってるんだよ!! なんで、勇者? 勇者なんて称号、どこから出てきたんだ!」

「ロニーこそ何を言ってるんだ? 父上が言っていたじゃないか。俺は魔王の討伐を命じられたんだぞ? 魔王の討伐=勇者ってことだろ!」

「お前は……っ 思い込むのは仕方ないにしても、せめて言いふらすんじゃない! 国王陛下のお言葉、さてはちゃんと理解していなかったな!? 陛下がお前を呼び出して、なんて仰ったのか覚えてるのか、おい!?」

「お前こそ何を言ってるんだ、他ならない父上のお言葉だぞ! 俺が忘れるわけがない。父上はこの俺に仰ったんだ。疾く速やかに魔王の城へと迫り、魔王の首を絶てと」

「……概要はその通りだが、いくつか情報が抜け落ちてることには気付いているのだろうか。陛下は『速やかに、密やかに出立』し、『影のように敵の目を避けて敵地へ滑り込み』、『沈黙と迅速を旨として任務を果たす』ように重々言葉を重ねて仰っていただろう。それは、まあ、少々婉曲な表現で抽象的な言葉が多かったが……お立場上、ここぞという時以外は明言を避ける癖がついておられるから仕方のないことだけれど」

「あ、実はその辺り、父上の言いたいことがよくわからなかったんだ。ロニー、解説してもらっても良いか?」

「何故、最初にそれを頼まない。わからないところがあったらまず確認するように何度も何度も何度も何度も何度も言っていただろう!? わからないことをわからないまま放置するから、こんな国王陛下の胃痛が増大しそうなことをやらかすことになるんだろうが!」


 極秘任務(しかも後ろ暗い暗殺系)の筈なのに、実力的に刺客に大抜擢されてしまった当人(能力的には適任だが人格的にミスキャスト)が極秘任務の内容を方々で言いふらしていた。

 そんな辛い現実を前に、否応なしに従者として共に出立することが義務付けられているロニウスは、目の前が真っ暗になったような気がして顔を覆った。

 床に膝をついて項垂れるロニウス青年を前に、ガラム王子は首を傾げる。

 彼は、自分に課せられた使命の根本のところをよくわかっていなかった。


「あ、生存が確認されたら叔母上を故国まで無事にお連れするって役目が抜けてたな!」

「もう良いよ……それを覚えていただけでも良くやった方だよ」


 諦めの溜息と共に頭を抱えて項垂れてしまったロニウス青年だが、彼は知らない。

 翌日、いざ出立となった時に。

 いつの間にか無駄な行動力を発揮して、「勇者の出立となったらやっぱりパレードだよな!」とガラム王子が勝手に手配しちゃっていたパレードが待ち構えていることを。

 それにより、事情を知っている者からの困惑の視線と知らない者からの歓声とが入り混じる中、衆人環視を前に堂々と旅立つ羽目になることを。


 王様の「密かに」って命令どこいった。


 ロニウスは痛む胃を抱え、これからの旅路に暗雲を幻視した。


 そして彼の不安や頭痛を後押しするように、王都の正門に待ち構えている影が……!


「ガラム殿下、ロニウス、ごきげんよう」

「エーデルワイス!」


 王都をぐるりと囲む大きな外壁の、最も大きく立派な正門。

 その下に佇む、(外見は)可憐な一輪の花……淑女の中の淑女と謳われる、社交界の花。

 ロニウスに言わせれば「淑女の中の淑女」という評価は彼女の表面的なモノしか見えていない者の言であり、彼女の内面性とはかけ離れているとしか思えないのだが。

 それはさておき対外的には「淑女の鑑」ということになっちゃっている高貴な御令嬢。

 ガラムとロニウスにとっては親戚にあたる、公爵家のエーデルワイスがそこにいた。

 今日も優雅なレースの日傘に、繊細な刺繍とレースで飾られたワンピースタイプの外出着(ドレス)を身に纏い、見た目的には限りなく淑女っぽい。

 温和で優し気な微笑が、彼女の口元を吊り上げている。

 しかし彼女の微笑みを目にしたガラムは、ぎくりと肩を強張らせ、若干警戒の滲む顔で一歩後ずさる。心なしか、その額には汗が一筋。


「わ、わざわざ見送りに来てくれたのか? ありがとう、エーデルワイス」

「まあ、どうして意外そうに仰るの? わたくしは殿下の許嫁ですのよ? 殿下の御身に大事があったとなれば、こうして駆け付けるのは当然でしてよ」

「いや、あ、うん、あー……まあ、その通りなんだが」

 

 国王の決めたガラムの正式な許嫁である、公爵令嬢エーデルワイス。

 だけどその優し気な微笑みを前に、何故かガラムは及び腰だ。

 困ったような、救いを求めるような目がロニウスを無意識に探す。

 だがロニウスはしれっとガラムの背後に移動しており、ガラムの視界に入ることはない。

 傍目にそれは、これから長く離れることになる婚約者同士の交流を後押ししているようにも、もしくは主君(ガラム)を令嬢の微笑みを視界から遮るための盾にしているようにも見えた。

 そんな男たちの紳士的とは言い難い態度に、しかしエーデルワイス嬢はうっとりと口元を綻ばせて。


「ですが殿下、わたくし、殿下のお言葉をひとつ訂正させていただかねばなりませんわ」

「ん? え、なにを?」

「わたくし、見送りに来た訳ではありませんの。わたくし、


殿下の旅に加えていただきに参りましたの。


そのために、こうしてここでお待ちしていましたのよ」

「………………は?」

「えっ」


 御令嬢が丁寧に、優しく言い含めるように言葉を紡いだ瞬間。

 ガラム王子とロニウス公子、二人の男の顔が絶望に固まった。

 特にガラム王子の顔は、この世の終わりを迎えたかのようだった。


「あらあら、どうしてそんなに驚きますの? ほら、これで戦力的にも前衛で戦う者が二人に回復役が一人で、バランスが良くなりましてよ。それに攻撃魔法の使える魔術師を加えれば戦略の幅もぐっと広がりますでしょう? 必要かと思いまして、わたくし、手配できる中で最高の魔術師を連れてきましたの。お二人の足を引っ張る気もございませんし、わたくし達が同行するからには国王陛下のお命じになった『任務』も成功率上昇間違いなしですわよ」

「よ、よろしくお願いします……エーデルワイスお嬢様の侍女、兼……魔術師のクミンです」

「クミンはわたくしのお気に入りですよの。まだ幼さの残る少女ですけれど、とても優秀な魔術師ですの。土属性の魔術が使えますが、それだけではなく、個性的で独自性のある魔術を使うのですもの」

「え、エーデルワイス様、持ち上げすぎです……」

 

 今の今までお嬢様の印象が強すぎて、その背後にもう一人隠れていることに二人の青年はこの時になってようやく気付いた。

 エーデルワイスの背中に隠れられるくらい体が小さいということもあるが、それだけではなく驚く程に存在感の薄い少女……だが視界に入れてしまえば、どうして今の今まで気付かなかったのかと自分に問いかけずにはいられない少女がそこにいた。

 まず、物凄く不幸そうで暗いオーラを背負っている。

 小さくて幼い顔立ちなのに、愛らしさを全て掻き消すような、くっきりと濃い隈の存在がとても印象的だ。

 そして全身をすっぽりと覆い隠す濃紺のローブ……深くかぶったフードは重い印象しか与えない。しかもフードに顔の半分近くが隠されているので、より一層陰鬱な空気を醸し出していた。

 エーデルワイスお嬢様の様子を見るに、彼女を連れて行くのは決定事項のようだが……

 旅に出るよりもまず、先に、ベッドでゆっくり長く休養をとることを勧めたくなるような外見だった。


「あの、エーデルワイス?」

「連れていきますわよ?」

「いや、だが、ちょっとな?」

「これは決定事項です」

「「………………」」


 ロニウスは、天を仰ぐ。

 刺繍飾り付きのレースをたっぷり使ったワンピースドレスの御令嬢。

 それに陰の気を振りまく、小さなローブ姿の魔術師。

 どうやら彼女たちを、置いていこうにも置いて行けそうにない。

 相手に断ることを許さない威圧的な微笑で、御令嬢は自分達のポジションを奪い取る。

 父公爵には許可をもらい済みだというが、それにしても彼女は公爵令嬢なのだ。

 それが魔王を暗殺するための旅に同行するなど……確かめずとも前代未聞だとロニウスは頭を抱えた。

 きっと父公爵は泣いているだろうな、と。


「叔父上……強く生きて下さい」


 親戚で公爵の顔を良く知るロニウスは遠い目で公爵への励ましの言葉をつぶやいていた。





勇者 ガラム

 正式な肩書はマサラ王国第三王子。健康優良26歳児。

 お顔は端正で賢そうなのに、頭の中身はお調子者で楽観的な単細胞。

 育ちが良いので素直で正義感が強いが騙されやすい残念男子。

 末っ子で、しかも魔王に攫われた叔母に似ていた為、母と祖母から甘やかされて育つ。

 父王が我に返った時には頭の中身が残念なことに。父王の頭痛の種。

 思慮は浅くて軽いが、剣技の腕が突出している。

 先祖(元祖勇者)の再来かというほど腕が立つ。良かったね、取り柄が顔以外にもあって。

 育ちが良いので横暴な振る舞いはしないし、根が素直なので人の言うことはよく聞くが、甘やかされて育ったが故に物事を自分の都合のいいように判断する癖がついており、側仕えの苦労は絶えない。

 明確に、はっきりと、細かく命令されればちゃんと言うことは聞くので、騎士として働く分には水があっていた。比例して融通は利かないが。

 今回の暴挙は父王の命令の曖昧さが仇となる。

 自己の判断で動かせてはダメなタイプ。


従者 ロニウス・ガーランド

 ガラムの従兄弟にして御目付役を務める公爵家の息子。身分に見合わない苦労人。

 しかし王子であるガラムを時に諫め、時に宥め、時に操縦し、時に殴って昏倒させ、締めに滾々と懇切丁寧に何が駄目だったのか解説してガラムを調教するためには相応の身分と立場が必要だったため、国王の承認の下、否応なしにガラムの側付き(という名の最早教育係)に任じられて早十余年。

 幼少の頃から利発でしっかり者と評判だったがために要らぬ苦労を背負うことになってしまった可哀想な人。ガラムの面倒を見ている内に、すくすく鉄壁の理性が育ってしまった。

 今後も突拍子のないことをしないよう、ガラムの行動の軌道修正をよろしく頼むと国王直々に両手を握られて頼まれる度、胃の痛い思いをしている。

 今回の旅もガラムを野放しにするとか不安しかないので強制的に、仕方なく同行している。

 ガラム一行のなけなしの良心である。

 ちなみに御年25歳。年下に殴って止められる王子(ガラム)とは一体……。



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― 新着の感想 ―
[一言] もはやバレちまった以上、ガチで殺るなら王子を目立たせまくる事ですな。 何処でどうした、なにした等を逐一宣伝。敵味方、世間の耳目を集めつつ別口で刺客を魔王城へ。 一つは魔女王らの迎撃態勢の整う…
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