父の失踪=慶事
そんなに長くはならない(つもり)で、新作を投下します。
今回は珍しく、女性が苦労人……という設定です。
だけど男性の苦労人もあとから出てきますよ!
私の馬鹿な父親が、失踪した。
私の父は、魔王だった。
おそらくここ数千年で、きっと最も馬鹿な魔王だった。
私がこの世に生まれて、まだ十八年。
だけどその十八年、私はずっと頭痛と共にあった。
馬鹿な父が、色々やらかしてくれた結果に伴う、心因性の頭痛が。
自分の欲望と快楽に弱くて、勉強と政治が大嫌いで。
いつもいつだって楽な方へ、楽な方へと逃げ込むばかり。
わがままで、怠惰で、ろくでなしで頭の軽い単細胞。
面倒事と嫌なことは、全部魔王として身に備わった膨大な魔力で無理やり薙ぎ払って放棄して。
魔王の決済が必要な書類は、日々山をなして溜まるばかり。
苦言を呈せば「だったらお前が俺の代わりにやれ。命令な」なんて言って丸投げしてくる。
臣下の涙ながらの縋りつき攻撃で、ある程度の範囲ではあるものの父の代行可能なポジションとして、苦肉の策的に私が王太子の位を授けられたのは齢五つの時。
だけど「俺の代わりができるってんなら、俺が働く必要ねえよな!」なんて馬鹿なことを宣って、それまで僅かなりと最低限を突き抜けた更なる最低限の少ない仕事すらも私に丸投げするようになった。
父がやるのは、魔王として魔力を振るって我儘を押し通すこと。
派手で目立って、楽し気なこと。
自分の欲求が満たされるような、様々な快楽の追求。
日々、遊んで暮らすばかりの自分勝手な愚魔王。
そんな馬鹿な父が失踪した。私に全てを押し付けて。
――私に、この黒い玉座と王冠を押し付けて。
本当に、あの父は馬鹿父なんだから。
こんなにあっさりと、簡単に玉座を譲ってしまうのだから。
こうなったら、もう、返せと泣いて縋ったって返しませんからね?
この席に付随する面倒は、仕事を全面放棄していた馬鹿父のせいで降り積もって積み重なって重く、重く圧し掛かるほどだけど。
魔王への愚痴をこぼしながらも私を育ててくれた臣下や、父のせいで疲弊しながらも明るさを失わず諦めずに堪えてきた健気な国民たち――そういった、私が愛し、責任を負うべき者達の命も同時に背負うことだから。
父が放棄した分まで、私が取り返さないといけない。
父は馬鹿だけど、私は馬鹿になりたくないから。
だから、私は――
「姫様、ネモフィラ王太子殿下、どういたしましょう……! 魔王様がこの紙切れ一枚残して行方を眩ませやがりましたんですが!?」
「宰相、落ち着いてください。まずは父の書置きを読ませていただきます」
「わざわざ読むも何も、便箋に三行半しか書いてませんよ!」
「職務放棄常習犯の分際で、三行半ですか。なんと書いてあるんです」
宰相がぶるぶる震える手で差し出してきた紙切れには、勉強嫌いが響きに響きまくった父の悪筆でこう書かれていた。
『 なんかもういろいろイヤになったんで、まおうやめます。
ふつうのおとこのこにもどるんで、さがさないでください。
めんどうはぜんぶ、ネモフィラにまかせた!
あとはヨロピク☆ 』
無性にイラっときて、思わず手紙を握り潰していた。
「父ったら、なんて戯けたことを……」
「姫様、いかがいたしましょう」
「狼狽えないで、宰相。あの父のやらかしかと思うと怒涛の如く頭痛が押し寄せてきますが、ここは逆に考えましょう」
「と、おっしゃると?」
「常々、私達は考えていたではありませんか。あの父を玉座から引きずり下ろしたいと……その希望が、叶ったのです」
「ハッ……!」
「向こうからまんまと玉座を退いてくれたのですよ? この機を逃してはなりません。そう……あの馬鹿父がのこのこ戻ってきて「気が変わったしぃ、やっぱ俺が魔王ね!」などと世迷言を宣う前に、即位の支度を! 儀式の手順を踏んで、正式に私が即位します! あの父に今まで通り好き勝手などさせるものですか! 父が魔王に返り咲く余地など完膚なきまでに叩き潰して差し上げます!」
正式な戴冠式は後回しにするとして。
ひとまずは形式上絶対に必要な儀式だけ済ませて、事実的な魔王になる必要がある。
魔王の位を継承し、国民にその周知を行って――お金のかかる行事は、準備期間をたっぷりとって後からやっても構わないでしょう。
国民もきっとわかってくれるわ。
馬鹿な父に食い荒らされたこの国の立て直しが、何よりも優先されるべきだもの。
国民たちも、ええ、きっとわかってる。わざわざ説明しなくとも、父の姿を見てきた民達だから……悲しいくらいにアレが父かと情けなくなるけれど、父を少なからず知っている民達なら察してくれるわ。
「し、しかし姫様! 馬k……魔王陛下が戻ってきたとして、その時あの圧倒的な魔力で常のように我を押し通されたら……!」
「それも踏まえて、即座に私が即位しなければならないのです」
「ど、どういうことで?」
「宰相は知っていますね?」
「ええ。ですが他に知らぬ者がいつのまにか増えていたようですな」
「『魔王』の圧倒的な魔力は、国を興した初代魔王が魔の神と契約して授けられたもの……この王国の礎となるべき、王の力。そう、魔王の力は魔の神との契約の証。そして契約の要は、この魔王城と玉座」
「つ、つまり?」
「魔王の魔力は、正当なる当代の魔王に受け継がれるモノなのです。つまり父が魔王の座を退いた今、魔の神との契約を継承する権利を有した私が即位することで、父の身に宿っていた魔力は緩やかに回収され、当代の玉座の主たる私へと引き渡されます」
魔族を率い、魔の王国を打ち立てた伝説の初代魔王……。
彼は魔族の安寧を願い、魔の神と契約を交わしたとされています。
時間が経ちすぎて民間では伝説の類だと思われているようですが、魔王城の資料によればそれは確かな事実。そして資料によれば、他を隔絶する魔王の圧倒的な強さこそが契約が事実であるという根拠。
馬鹿な父は強引に我を通し、目障りなモノを排除し、自分の為にしか使ってはいませんでしたが……本来、魔王のあの力は魔族を守り、国を守り、国民を脅かすあらゆる災厄を退ける為、魔の神が与えてくれたもの。
そう、本来は、自分の都合で身勝手に使って良いものではないというのに。
それを、あの馬鹿父は。
魔王の座、それに付随する力。
それらの継承権利は、初代魔王の直系子孫であり、生まれた時に初代によって魔王の『承認システム』が組み込まれた王冠に認められることが条件になっている。
魔の神との契約は、初代の血に付随しているから仕方のないことだけど。
だけど、もうちょっと個人の資質を重視するような、何かはなかったのかしら。
何より優先されるのは、血筋という悲しさ。
不吉な未来を、誰か予見してくれなかったの?
教育を徹底すれば誰もが名君になるという訳じゃない。
いや、父が即位するまでは誰も異論を唱えなかったということは、それまで問題なかったのかもしれないけど。
ただの王様とは違うのに、魔王は。
巨大な力を与えるのなら、それに伴う素地をもうちょっと整えるような試練とか、条件とか、具体的に細かく詰めておいてほしかったと思わなくもない。
父の父と兄……私から見て祖父と伯父に当たる方が早世されなければ、絵に描いたような放蕩者の父が玉座に座るなんて危険は回避できたのでしょうに。
「魔力の受け渡し期間は個人差がありますが、歴代魔王の覚書によると大体三か月から五年の間。つまり時間の経過とともに父は弱体化し、私がその分強くなっていく算段です」
でも私が父を魔力で上回れるようになるまで、間が開くのも確か。
その前に父が帰ってきて我儘言い始めたら危険ね。
それに……父を野放しにして、知らないところで勝手なことをされるのも恐ろしい。
「父は馬鹿だから、きっと十分な準備もなく城を飛び出したはず……嫌気がさしたという言葉が本当なら、しばらくは帰ってこないでしょうけれど。誰か、腕のいい密偵を手配して。父を追跡させなさい。無理に今すぐ捕獲しようとしなくても良いので、監視と報告だけ徹底させて! 今はまだ父に魔王の力がある分、下手に手を出すと危険だわ。準備を着々と進めて……弱体化が十分進んだところで、一気に捕獲するのよ。そうすれば」
「そ、そうすれば……まさか!」
「ええ、そうよ! 父の捕獲さえ成功すれば、あとはかねてからの望み通り、矯正施設にお送りこむのも幽閉するのも私達の思いのまま! なんとして今までの、税金をどぶに捨てるような無惨な使い込みを後悔させるの! あの軽すぎてちゃらんぽらんな頭に、『責任』の二文字を刻み込んで差し上げるのよ!!」
「姫様! なんとご立派な……! こうしてはおれませんな! 誰ぞ、至急祭祀の長を此処へ! 姫様がご即位なさる!」
「「「「お、おおおおおお!!」」」」
今まで、父に振り回されて鬱憤の溜まっていた百官、一同。
一糸乱れぬ動きで、一斉に拳を天に突き上げていた。
だけどそんな私達の馬鹿父から解放されたという熱気も、興奮も、未来への希望も。
突如もたらされた、とある知らせによって強制的に冷却されることとなる。
「――大変です、姫殿下ぁ!」
「何事かっ!? 即位の儀式の最中であるぞ!」
顔を真っ赤に染めて、かっかと怒る祭祀の長。
厳粛な儀式の間に、明らかに緊急事態だとわかる勢いで飛び込んできたのは……あれは、他国の情報を集めさせていた部署の責任者では?
何事か、と誰もが困惑を見せる。
儀式を一時中断して、私達はひとまず『緊急事態』に関する報告を受けた。
「どうしたのです、簡潔に報告なさい」
「そ、それが……」
意を決した。
そんな顔で、彼は大きな声で報告した。
儀式の間にいた、重鎮たち全員の耳に響き渡るように。
「ご報告します! 人間の国……マサラ王国が、我らが国に、魔王陛下に向けて暗殺者を放ったとのことです!」
なんですって、と儀式に参席していた誰かの叫ぶ声が広く反響して、やがて消えた。
仕事をせずに遊びまわっていた馬鹿な父のせいで、ただでさえ問題は山積み。
だと、いうのに――
新たに浮かび上がった、頭痛の種。
どうしてそんなことになったのか、因果関係すらわからない。
馬鹿な父のせいで、マサラ王国との国交は数十年前から断絶している。
父の何かしらのやらかしが起因しているような気がした。
何はともあれ。
これ以上、問題が増えるなんてと。
儀式の間にいた全員が、顔を覆って天を仰いだ。
魔女王 ネモフィラ
主人公 18歳。
菫色の髪に金色の瞳の美少女。苦労人そのいち。
外見は線が細くて儚いが、中身は散々苦労してきた為か、あるいは生来の気質か随分と逞しい。
幼い頃から常々父を檻に入れたいと思いながら生きてきた。
父を反面教師に育った真面目っ子さん。
母親は人間だったが2歳の時に亡くなっているので覚えていることは少ない。
父親の言動が濃すぎて記憶を上書きされたともいう。
男の悪い部分の集大成みたいな父親を嫌というほど見てきたので異性に対して夢も希望もないつもりだ。
だが父親の悪い所を見て育ったからこそ、父とは何もかも違う品行方正で礼儀正しく常識のある――絵本の王子様のような男性はどこかにいないかと夢を見てしまう、なけなしの乙女の部分を理性で封印している。