魔女の野営準備
※誤字訂正・副題の追加等の編集を行いました。
内容に大きな変更はございませんので、ご了承ください
「で、どんな魔法を使うんだ?」
妙に期待しているところ悪いけれど、どの魔法も簡単な物でしかないわよ…?
「とりあえず、地を均してタープを張ればいいのでしょう?…焚き火はちょっと後回しにさせてちょうだいね。」
「そこまで出来るのか…?」
ふふん、私を舐めないでちょうだい。
「さぁ、では始めましょうか。」
息を吸って、落ち着いて。
そっと手をのばし、語りかけよう。
『集え、集え、どうか私の声を聴いて。』
『神の御子よ、愛し子よ。どうか私の元へ集い給え』
語りかけるは世界の欠片。
謳うように、願いをこめて、乞うように。
『かの地を均し、我が安息の地を。』
『蔦を操り、雨風しのぐ、我が寝所を。』
土はボコボコと耕され、石は退いてゆく。
木々から伸びる蔦はタープを広げ、引っ張ってゆく。…そろそろね。
『愛しき隣人、優しき世界の欠片たち。声を聴いてくれてありがとう。さぁ、私の希は叶えられた。感謝を世界に、愛し子に…。』
タープが張られ、野営地として形になった所で切り結ぶ。
うん、良い出来ね。
「ふぅ…こんな感じでよろしいかしら、王子様?」
「…」
あら?振り返って声をかけても反応がないわ。
「ギルバートー?」
「ぁ、ああ、いや…驚いた。…魔法とは、こんなにも美しかったか…」
うん?何故〈美しい〉って感想なのかしら?先代だって魔法は使っていたでしょうに。
「美しい?」
「あぁ。…驚くほど、美しいと思う。」
「先代も魔法は使っていたのでしょう?同じようなものではないの?」
「いや…魔女殿は、ひと言、ふた言呟いて魔法を使っていた。ティナのような…詩ではなかったからな。」
「えぇ?」
魔法の行使方法は人によるらしいけれど…ナナシが1、2言で出来る魔法なんて、ささやかなものでしかないわ。それこそ、風ならそよ風みたいなものよ?
「…たとえば、こんな?…『風よ吹け、我が手に木の葉を』」
差し出した手の平に、ほんの数枚の木の葉が集まる。
「あ、あぁ。…随分簡単に使うんだな…?」
「これは…いえ、本当に、この程度しか見たことがないの?」
「そうだが?」
…やっぱり、少し不自然だわ。
この程度の魔法は、スピカでは幼子が遊びに使うレベルの筈。この程度しか出来ない魔女が、何故王宮に居たの…?
知識の不足…力不足…ここはスピカから見ても隣国よ。それがたかだか20年ちょっとで、何故ここまで…
「ティナ?…ティナ!」
「!ごめんなさい、ちょっと考えちゃった。せっかく張り切って魔法を使ったのに、こんなに張り切る必要なかったじゃない!」
「なんだ、張り切ったのか。」
ごめんなさいね、王子様。
笑うギルバートに心の中だけで謝罪する。嘘は言わない。張り切ったのは事実だから。…ほんの少し、気付いた事を言わないだけ。
「もう!じゃ、ちゃっちゃと焚き火も用意しちゃうわね。」
『愛し子たちよ、眷属たる森の精たちよ。その身の欠片、我に分け与え給え。』
『風よ吹け、欠片を集め、我が前に。』
『愛し子たちよ、力を貸して。朝日が昇る、その時まで。』
『その身を燈し、我らに光と温もりを。護りとなる、導となる、優しき炎を与え給え…。』
枝を集め、炎を灯す魔法。これで朝まで火が消える事はないわ。
「さて、野営地の準備は調いましたけれど、不足はございまして?団長様?」
「…いえ、とんでもありません。偉大なる魔女殿に、心より感謝を。」
「感謝を!」
ひっ。騎士様が揃って叫ぶから驚いたじゃないの。…でも良かった。少なくとも、これなら役立てるものね。
「…それにしても、やはりティナの魔法は美しいな」
「ふふん、ありがとう?…でも、発動までに時間がかかるでしょう?杖持ちは発動までのタイムラグがほとんどないから、あまり実践では役立たないかもしれないわね」
「…いえ、とんでもありません。発動時間でしたら、策を巡らせれば良いのです。」
「レオナルド様にそう言っていただけて、嬉しいですわ。」
「お気軽にレオ、とお呼び下さい、ティナ様。では、野営地が早々に調ったので、夕食は少々期待していてください。…簡単な狩りなら出来そうです。」
?レオナルド様、ちょっと雰囲気が変わった?少しは認めてくれたかしら?
「くくっ、レオが認めるの、随分早かったな…」
「そうですね…。ですが、本当に美しい魔法でした。」
「ちょっと、褒めすぎ。流石に恥ずかしいわよ。」
レオナルド様が騎士を数名連れて狩りに向かった所で、ギルバートとハウエルが茶化してくる。…美しい、美しいって、魔法だと分かっていても、流石に恥ずかしいわ。
「黒のローブは風に靡き、澄み渡る声で紡がれる音は優しさに溢れていた。伸ばした手には光が集い、流れるような仕草で振るう指先からは…」
「あーもう!やめてってば!!や、め、て!!」
「王子、流石に意地が悪いかと思いますよ…」
流石、王子様。美辞麗句はお得意なようね…。
「いや、悪い、悪い。…あの詩には、どんな意味があるんだ?」
「んー、世界に向かって、力を貸してください、こんな事をしてくださいってお願いしているだけ。謳うように紡いではいるけれど、ただの言葉なのよ。古のだけど。」
「あれが言葉なのか…」
発声から違うから、謳のように聴こえるのよね。知っていれば、言葉を紡いでいるだけって分かるのだけれど。
「では、あの光は?手に光が集まっていただろう?」
「…妖精さん、かしら?」
「…は?」
いや、妖精なんて御伽話だから、気持ちは分かるのよ?分かるけど、そんな反応はやめて…。
「いえ、その、実際はよくわからないのよ。ただ、私が紡ぐ呪文は、神の子…愛し子への呼びかけから成るもので…ああいえ、呪文って人によるらしいから、あの光が何なのか、っていうのは、結局わからないの。」
「愛し子…?いや、それよりも、呪文は人によって違うのか?ティナの呪文は母君から教えられたものではなく?」
「ああいえ、定型文はあるから、人によって、と言ってもそこまで大きな差はないと思うわ。そもそも魔法って、古の言葉を紡げば使えるの。私は母から言葉を教えられたから、アレンジを加えているのよ。母の呪文と…私の呪文とは、方向性が違うから。」
魔法は、古の言葉を紡げば、ほとんどの場合成功する。魔力を持って、古の言葉で乞えば、各々の力量に見合った効果が得られるのだ。…言葉の意味を知らず、定型文をそのまま使う人も多いと聞く。
「母の呪文はもう少し尊大な感じ、かしら?私は〈お願い〉だけれど、母は〈命令〉だったから。」
例えば、さっきの焚き火。
私が「お願い、焚き火を起こしてくれる?」なら、母は「焚き火を起こしなさい」っていう感じにニュアンスが違う。
「それに、杖があると単語だけで済むのよね。指先で発動補助の陣も描かなくて済むし。呪文はさほど重要視されないのよ…」
「なるほど…あの手の動きにも意味があるのか。」
「魔法の制限だけでなく、簡単な魔法にもそれだけ差がつくのですか…それならば、たしかに魔女に囲まれたかの国では悪用できっこないですね。」
でしょ?…まぁ、他国ではいくらでも悪用出来そうだけれど。
スピカから離れれば離れる程に魔法が使いにくくなるらしいから、大きな問題にはならないと思うわ。
「魔法の発動時に集まる光については、魔力と言われたり、精霊と言われたり…色々な説があるのよ。個人的見解としては、精霊が近いと思ってるわ。」
「ほう?魔力じゃないのか?」
「魔力って、属性の色があるのよ。なのに発動時には見合った色の光が灯るし…なにより、光が出るより、集まるって感じでしょう?」
「そうだな…なるほど、それで妖精さん、か?」
少女趣味とでも言いたそうな顔ね!まったく!!