魔女殿とお母様
「まぁ、その、スピカの神秘性を壊しておいてなんだけど、神秘の国って言うのは間違いないと思うわよ?」
「ほぅ?」
「だって、そもそも魔法が使えるのはスピカの人が主なのよ?王族籍を抜けると使える魔法力が変わるらしいし、何かしらの力が働いてるって事でしょう?あながち神様が建国に関わってるのは本当じゃないかしら。」
それに、皇国全体にかかってる呪いは、それこそ神様にしか出来ないようなレベルらしいし。
「まぁ、そうなんだが…なんか、こう…拭えない脳筋感がなぁ…?」
「…否定できないのが悲しいわね…。表面だけ見れば、貧富の差がほとんど無い理想郷なんだけれど…。あ!ならこれは?〈国民は総じて神の使徒である〉とか、それっぽいじゃない。」
「まぁ、元々が神から賜った奇跡を扱える者…だからな。使徒と言われればそうなんだろう。」
ええ、それが選民意識をも助長させたのでしょうけれど。
「そうなると、王族が神官って言うのも納得だな。」
「そう…あぁ、でも、それを言うなら正式な魔女も神官ね。あー…でも、特殊な方々も居るから、神官は彼等のが近しいかしら…」
「特殊な方々…ですか?」
「ええと…魔法は使えるけど、私達が使う魔法とは違う魔法を使う人達…?って言えば良いのかしら?呪いによって…一般的な魔法の一切を封じて、儀式のみに力を使う方々がいるの。彼等の魔法は特殊で、王の選定とかにも関わるし…独立した組織に所属してるわね。」
重要な所で言えば、王の選民とか国規模の占いとか?彼等は一般的な魔法を使えない代わりに、非常に特殊な力を持っているから…王ですら重用してるのよね。
「フィルアルドで言う、元老院と教会が混ざった組織…って感じか?」
「そうそう!彼等にも色々逸話があるのだけれど…いえ、随分と話が脱線したわね。とにかく、母は私が居たから帰れなかったのよ。」
「あぁ、いや、勉強になった。…それにしても、ティナは随分と歴史が好きなんだな?」
「うーん…好き、って言うより、童話代わりに聞かされていたからかしら?」
皇国の歴史については色々と解釈があるし、逸話も多いから。初代が4200年位前に建国したらしいけれど、その前から土台となる国があったとされているし…歴史が長い分、お話には困らなかったのよね。
「それに私、幼い頃は森で過ごしていたし、母位しか人と付き合ってこなかったのよ。だから色々な人の話を聞ける、スピカ皇国のお話が大好きだったの。」
今思えば、祖国であるスピカに愛着を持ってほしかったのかな、とも思うけれど。
「それは…」
「あぁ、寂しいとかは感じなかったのよ?物心つく前からだったし、それが普通だと思っていたから。…それに、母が居てくれたしね」
「…そうか。良き母君だったのだな。」
「ええ、もちろんよ。」
本当に、…良き母であり、良き師だったわ。
「いやね、しんみりしちゃった。そうだわ、今日はどの辺まで行くの?」
「本来ならば日が落ちる前に廃村へ到着予定でしたが…色々ありましたからね。森の中で1泊する必要がありそうです。」
「ティナは…そうだな、この馬車を使ってくれ。俺は外でいい。」
え?馬車、私だけが使うの?
「え、この広さなら2人位寝れるでしょう?外で、なんて、護衛対象が外は不味いんじゃない?」
「っ?」
な、なに?全員で息をのむほど驚く?そんな驚かれるような発言したかしら…あ、これ、王子に馬車を譲って使ってもらうとこだった?
「あら、ごめんなさい。ギルバードに馬車を譲るべきだったかしら?」
「…いや、そうじゃなくてな…?」
「流石に、妙齢の女性と密室は…」
「ティナ様…それは…」
妙齢の女性と密室…って言っても…馬車だしなぁ。
「ええと、護衛対象に襲いかかる事はないから安心して?」
「なんで俺が襲われる前提なんだ…」
え?だって、王子様だし。美形だし?
「?一応王子様だから?…まぁ、ドア開けとけばいんじゃない?」
「一応…はぁ、ティナがそれでいいなら構わん…」
全員微妙な顔をしているんだけど、私、間違ってないわよ?
◇ ◆ ◇
そんなこんなで日も暮れはじめ、廃村まで辿り着けなかった私達は野宿が決定した。
「いやぁ、近くに川があって良かったわねぇ…」
「ある程度、野宿しやすいような道を通っておりますから。」
「んー…ハウエル様?…2人の時はソレ、止めていただけますか?」
「…はい?」
川を眺めながら呟けば、1歩下った所にいるハウエル様が返事をくれた。やはり世話役はずっと付き従ってくれるらしい。
…いやぁ、流石に上司の前では言わないけれど、ずっとその対応、堅苦しくない?
「私の世話役として、付き従ってくださるのでしょう?敬語等々、必要ありませんよ?」
「いえ、しかし…」
「…私が疲れるの。2人の時だけでいいの…お願い。」
すっごく困ってるみたいだけど、私が嫌なのよ。
「…それなら、これで許してくれる?ティナ様?」
「様もいらないけど…まぁ仕方ないか」
「なら、ティナ様は、僕の事を呼び捨てにしてね?」
「はぁい、よろしく、ハウエル?」
あぁ、ハウエルって、話しに聞く…お兄ちゃん、みたい?
穏やかな雰囲気に似合う話し方で、ついつい甘えてしまいそう。
「なんか、お兄ちゃんみたいね?」
「ふふ、それは光栄だね。…では可愛い妹殿?野営の準備が終わるまで、如何なさいますか?」
「ああ、そうだ。野営の準備よね。…私に任せてもらうことは出来る?」
「…ティナ様が…?」
「ええ。…魔法を使えばなんてことないのよ?」
魔法の実演も兼ねて、ね。
どうにも魔法に対してあまりイメージついてないみたいだから、見せた方が早いと思うのよ。先代は風だけだったし、こうした使い方はしてないっぽいし。
「そうですね…おそらく、今からなら大丈夫かと。…いや、大丈夫だと思うよ?ティナ様。」
「…言いやすい方でいいわよ?」
「ありがとう…ございます…」
わざわざ言い直すあたり、優しいなと思うけれど。別に堅苦しくなければ言いやすい方でいいのよ。
「さ、なら声をかけてみましょうか」
馬車から馬からと、荷物を下ろしている騎士様方…を見回して、さて誰に声を掛けようか、なんて悩めば、目敏く声をかけてきた人物が。
「どうかなさいましたか、ティナ様?」
「ええと…」
金髪の緩くウェーブした髪を紐で括った、貴公子然としているこの人こそ、第4王子付近衛師団団長、レオナルド様。穏やかそうに見えるけれど、ギルバードから聞けば、使えない人間は容赦なく見捨てるらしいから…気をつけないとね。
「野営の準備を私に任せていただければ…と思ったのですけれど…」
「ティナ様のお手を煩わせる程では…」
「あぁ、いえ、指揮をしたい、のではなく、魔法の実演も兼ねようかと思いまして…」
「魔法で、野営の準備を…でしょうか…?」
「ええ。」
いけない、いけない。普通、女性が野営の準備を任せろって言えば、指揮を寄越せって言ってるも同然よね。…それにしても、魔法で野営の準備とか、そんなに驚かれる事かしら?
「地を拓いたり、建物を用意したりは出来ませんけれど、タープはお持ちでしょう?装備があるのでしたら、私にも出来ますので…」
「それは…」
「いいじゃないか、やってもらえば。実力も見てみたい、だろう?」
「あら、ギルバード?」
「王子…」
そうそう、任せてくれればすぐに終わるし。いくらナナシの私でも、タープを張ったりは魔法で簡単に出来るから。
「まぁ、不足があるようならやり直せば良いだろう?…ここで実力を見ておいた方が連携も取りやすいだろ。」
「それもそうですが…いえ、そうですね。ぜひよろしくお願い致します、ティナ様。」
なんだか侮られてるみたいで不満だけれど、仕方ないのかしら。先代が先代だし、彼等は魔法に耐性がないみたいだし。
…
見て驚けば良いんだわ、まったく。
「…では、騎士様方をこちらへ集めていただけますか?」
それなりに大きな魔法を使うから、ちょっと危ないと思うわよ?