スピカと魔法
「それにしても、貴方も騎士の前でソレ、いいの?」
「ん?…あぁ、ここに居る騎士は俺の私兵に近いから。ついでに言えば、ガキの頃から付き合いがあるし、下町に遊びに行く事もあったからな。」
王子の立場でその態度は流石に不味いんじゃない?人払いしてる訳ではないのだし。なんて意味を言外に声をかければ、随分と騎士を信頼してる返答だった。ふぅん、彼等は信頼できるのね。
「なるほど、納得したわ。…なら追加で質問。王子が隣国の式典に行くにしては人数が少ないのは?」
ちょっと人数が少な過ぎるわよ。それも全員が護衛騎士みたいだし。側仕えの人間をおけない理由でもあるの?
「その、侍従だとか…文官達は振る舞いに口煩くてな…?」
「貴方、普段から遠ざけてるわね…?」
目を逸しながら言い訳するんじゃないわよ。
「今回はスピカから最低限の人数で、との通達があったから、仕方ないだろ?」
「それでもスケジュール管理だとか、調整役は必要でしょう?」
「その点は抜かりない。…側仕えも兼任できるからな。」
「…騎士に側近の仕事を押し付けたの?それとも、側近を騎士として遇してるの?」
「…どちらかと言えば前者だ…」
呆れた。騎士に側仕えの仕事までさせてるの?
うっかり胡乱な目で問いただしたけれど、そっと目を逸らすんだもの。自覚ありね。
「まぁ、王子サマの無茶振りに関しては今の所、追及しないでおきましょ。…とりあえず、全員が正しく騎士なら、補助魔法はいらなそうね?」
「…補助魔法が使えるのか?」
「?もちろん。なぁに?私、これでも〈辺境の魔女様〉よ?」
「いや…少なくとも、魔女殿は使えなかったからな…」
「はぁ?」
おっといけない。…いやいや、補助魔法が使えない?魔女なら一通り出来る筈よ?
「魔女殿は風魔法しか使えない、と聞いた。適性がないと。ティナが補助魔法を使えるなら、旅も随分楽になるな…」
「…嘘でしょ、王宮から付けられた魔女よね?…今回の為に急場凌ぎで雇い入れたの?」
「いや?20年程前にだった筈だが?…なにか不味いのか?」
「…先代魔女は、正式な魔女ではないわ。…私と同じ、いわゆる〈ナナシ〉よ。…別に、魔法が使えない訳ではないけど…風しか使えないなんて…宮廷魔女なんて絶対に名乗れないわ…」
「あぁ、ティナも正式な魔女じゃないって言ってたな。…いや、そもそも魔法が使えるんだろ?何が違うんだ?」
そこからなのね…。国交断絶から、20年ちょっとでしょう?この知識不足はなんなの…?それこそ、不自然な位…
「ティナ?」
「あ、あぁ、ごめんなさい?ナナシ、と呼ばれるのは、スピカに登録のない魔法を使う者達の事よ。私もこれね。」
「登録?」
「魔女や魔法使いがスピカへ集う理由でもあるわ。…いや、貴方、魔女の知識があるって言わなかった?こんな事も知らないの?」
「俺が知ってるのは〈魔女様への対応〉に対する知識だったようだ。…教えていただけますか、ティナ様?」
両手をあげてヒラヒラ〜…って、本当に知らないの?これは他国にも周知していた筈でしょう?…断絶されてたとはいえ、王族が知らないのはどうなの?
「はぁ…長くなるから、とりあえず出発しましょう?馬車でゆーっくりと教えてあげるわ。」
「ま、そうだな?…では、お手どうぞ、偉大な魔女サマ?」
どうせ馬車は同じなのだし、お話する時間はそれこそ沢山あるんだもの。…それに、本当に、長くなりそうだし…。
◇ ◆ ◇
馬車に乗り込んだのは、私、ギルバート、そして騎士のレナード、ハウエルの4人だ。
騎士のレナードは近衛騎士団の副団長で、深緑のミディアムボブな髪に切れ長の瞳をした、ちょっと冷たい印象を与える人だ。
比べて、ハウエルは騎士の中でも1番若くて、1番穏やかそうな雰囲気の青年。彼は私の世話役でもあるそうだ。
「世話役なんていらないのに…」
小声で呟けば、隣に座ったハウエルには聞こえたようで苦笑いで返された。…まぁ、監視役も必要だとは分かってるんだけどね。
「さて、出発早々で悪いが、魔女について教えてくれ。…思った以上にこちらには情報がないらしい。」
「ええ、そうね…スピカ皇国の説明からした方が良さそうだわ。」
それでも私は行った事がないし、20年以上前の情報だから今とは違う事もしっかり覚えておいて。そんな前置きをして、私は話はじめたーーー…。
スピカ皇国は魔法の国。魔法の管理を担う国でもある。
魔女や魔法使いはスピカでしか生まれない。…大陸内では比較的生まれる事もあるのだけど、海を跨いだ他国には生まれないわ。これは神代、この大陸全土がスピカ皇国だった事が理由らしいの。…個人的には血筋じゃないかと思ってるけど。先祖返りみたいなものなんじゃない?
とにかく、基本的に魔女や魔法使いはスピカでしか生まれない。魔法の乱用や悪用を防ぐ事も含めて、素質ある者を管理をする為に、登録…名前を媒体に、悪事に使えないよう、呪いを施すのよ。
「管理か…いや、でもそうすると、登録していない者の管理はどうなる?」
「そう、それがナナシと呼ばれる魔女や魔法使い。」
もちろん、国だって馬鹿じゃない。そういう事のないように、制度がしっかりある。…まぁ、制度なんてなくても、登録しないデメリットが大きいんだけど。。
正式に魔女や魔法使いを名乗る為には、名を登録した杖を取得し、国の試験にパスなければならない。
…この試験がマナーや教養も網羅したものだから、正式な魔女達は王の名代としても行動できるのよね。…どうにもその辺り、他国では認識が違ったようだけれど?
もちろん、試験に落ちたからといって魔女や魔法使いでなくなる訳ではない。名を登録した杖を持っている場合、能力によって一定の権限が与えられる。ただし、試験の合格がない場合、危険な魔法や強大な魔法は制限される。
「つまり、杖に対する名前の登録が重要で、皇国から派遣された〈スピカの魔女〉が他と一線を画していたのは、知識や教養だけでなく、魔法に対する制限がない故、と。」
「そういう事。」
「…いえ、待ってください。それならば登録せずに、制限のない状態ならば、魔法の悪用も可能では?」
「それだけの力があればね?」
「は?」
そもそも杖がない状態で使える魔法なんて、たかがしれてるのよ。それこそ、悪事なんかできっこないと判断される位に。
「…杖がない状態で使える魔法なんて、初歩的なものしか使えないわ。それでもまともに使えるのは…自分の属性魔法位じゃないかしら。それくらい差があるんだもの。杖が無い、名前の登録がない魔女は、〈ナナシ〉と格下…っていうか、犯罪予備軍みたいな扱いで、まぁ、差別されるのよ。」
「それでも使えない人間からすると、充分驚異…ですが、なるほど。それだけのメリットがあって登録しないのは後ろ暗い所があるからだ、と判断される訳ですか。」
「そう。悪用した人も杖の権利を剥奪されるから…ね?宮廷魔女なんて絶対になれない、って意味、わかるでしょ?」
犯罪予備軍を王族に近い所におけないでしょ?それに、信用問題に関わるじゃない。
「先代魔女サマは杖すら持っていなかったんでしょ。杖があれば風しか使えない訳ないわ。」
「杖の有無でそんなに違うのか…魔女殿は穏やかで良い方だったが…」
「杖があるだけで、他の属性が簡単に使える位にはね。…別に、犯罪者って訳ではないし、なにか事情があったのかもしれないわ。たまに居るらしいのよ、スピカへ行かせたくないから、って理由で家族が反対したりね。」
「そういえば、魔女殿は農村出身だったな…働き手として手放したくなかったのかもしれん」
「大抵は大人になるとスピカへ行くけれど、魔法の必要がなかったのかもね。」
本来なら日常に埋もれて、穏やかにただ人として生きていた人物なのじゃないかしら。
「あぁ、まぁ魔女殿の事は考えても仕方ない。ティナは?同じナナシって事は杖無しなんだろう?どんな魔法が使えるんだ?」