王子様の魔女殿
「…ティナは、スピカの魔女なのか…どおりで詳しい筈だ…」
スピカの魔女はそんなに珍しいのかしら?確かに、かの国の魔女達はほとんど国を出なかったらしいけれど…
「ええ。ですので、かの国には私も行きたいとは思っております。一応は祖国ですし…。」
「問題なのは髪と目の色だろう?たしか、魔法で変えられたはずだ。魔女殿が変えているのを見た事があるが…」
「相手は魔女の国ですよ?バレるに決まっているではありませんか。」
それに、〈黒〉は変えられないのよね。
色変えの魔法は私も使えるけれど、黒という色に対してはかかりにくい。物に対してもそうだけれど、それが人体、かつ、魔力のこもりやすい目と髪じゃ、ほぼ希望なんてないわ。
「ということは、問題なのは色に関してだな?身元は王族の俺がいるんだ、どうにでもなる筈だ。…うん、やはりティナ嬢、一緒に来てくれないか?」
あ、この王子、絶対に私を連れて行く気っぽい。
◇ ◆ ◇
…ーーーまぁそんな訳で、冒頭に戻る訳なんだけれど。
「いいえ、それだけでは入れません。かの国には結界があるのですよ。黒持ちの人間は弾かれます。私も弾かれた事があります。」
「…?いや、多分ティナが言っている結界は、出入りに限り解除される筈だ。こちらの護衛にも黒目がいるからな。」
え、解除されるの!?
護衛に黒目…気付かなかったわ…まぁそうよね、人の瞳なんて、間近で見ないと気付かないものね。
…って、いやいや…あれだけ警戒している色持ちも入れるの…?流石に招待されているから、なのかしら。
「もちろん、流石に魔女の黒髪黒目は見咎められれば許可がでないだろうから…そうだな、魔女は皆髪が長いだろう?フードから髪だけ…違う色の髪を見せれば良かろう?」
「…それでも、入れない可能性はありますわ。いざ国境で魔女が排されてしまえば、王子様方は魔法に対抗できないでしょう?」
私は、王子様の事も心配しているのよ。
入国のチャンスとはいえ…この人の良さそうな王子を、独りで敵地に放り込むことは出来ないわ。
「なんだ、心配してくれるのか?」
憎ったらしいけどね!!!!
「…ふ、問題ない。これでも優秀な護衛を連れてきている。それに、すでに魔女や魔法使いが近くに居ないんだ。最後の希望がティナ…辺境の魔女殿だ。国境で入れなければ、そこで諦めるさ。」
…そういえば、私が行かなければそもそも誰もいないのか…
そうと考えるなら、私が挑戦しても良い気がしてきたわね…
「…本当に、国境で私が入れなくても罰はありません?」
「ああ。」
「魔女として未熟でも?」
「少なくとも、俺達より魔法に明るい」
うーん…まぁ…どのみち、かしら…
「…畏まりました、ギルバート王子。スピカ皇国における専属魔女の任、私にお任せ下さいませ。」
今出来る、精一杯優雅にお辞儀をする。
ふふん、ちょっと驚いたみたいだけれど、私だってこれくらいはできるのよ?
…まぁ、クッションに凭れながらだし、ヘロヘロなんで優雅もなにもない気もするけど…
「あぁ、よろしく頼むよ、俺の魔女殿?」
とりあえず、笑った王子が思ったよりも破壊力があるのは分かった。
ーーー人たらしめ…。
◇ ◆ ◇
本当に時間がなかったらしく、急がせて悪いが、と、出発は3刻後となった。
私はその間に、数日分の着替えを買って村長宅に戻り、湯浴みを済ませて旅に備える。家までは帰れないからね。
ここからスピカ皇国までは8日程。皇国に入れば迎えが来るらしいので、そこから皇都までの移動は数刻程度だそうだ。
少なくとも国内の8日は馬車の旅になるだろう。なんせここは辺境の村…国交が断絶してから、ここからスピカまでの村は衰退し、廃村に追い込まれたらしいから。
そんな路を行くのだ。魔法で洗浄が出来るとはいえ、湯浴み、となると気軽に出来ないのだから、今のうちに入っておかなきゃね…。
「さて、全員揃ったな。皆にも紹介しよう。これから俺達と共にスピカへ同行してくれることになった、辺境の魔女こと、ティナ嬢だ。魔女の国での命綱でもあるから、くれぐれも失礼のないように!」
「はっ!」
随分と大袈裟な紹介よねぇ…
まぁ、彼等の向かう先を考えると、魔女の存在は生命線だものね。とはいえ…このままだと居心地悪いかしらね?
「ご紹介に与りました、辺境の魔女でございます。辺境育ちの田舎者故、至らぬ事も多くあるかと存じます。…ぜひ皆様にはお気軽に、ティナ、とお呼いただければ嬉しく思います。」
…あら?なんで困惑されているのかしら?
「…あー…と。ティナ様…?」
「…様、は不要ですけれど…はい、なんでしょう?」
「…私達にまで礼は不要です、ティナ様。…いえ、そうではなく、…大変失礼ですが、その立ち振る舞いはどこで…?」
随分と丁寧な…うん?立ち振る舞い?
「母にですが…?魔女は皆、この程度の立ち振る舞いは教養として叩き込まれます。…同行していた先代の魔女様は違いましたか?」
魔女は最低限のマナー・立ち振る舞いは仕込まれる筈。なにせ国全体としての気位が高いのだ。…選民意識とも言えるけど。
何故なら魔法が使えるという絶対的な力があるから。だからこそ、品位を落とさない様、力に溺れないよう、〈スピカの魔女〉と呼ばれる魔女達ーー魔法使いもだけれどーーには、他国の貴族と同等の教養が必須なのだ。
「?いえ…私の知る魔女様方は、どうにも…その、気位の高い方ばかりでいらっしゃいますので…」
「はい?確かに気位の高さは魔女の傾向としてありますが…。」
「いえ…」
何かしら?歯切れの悪い返答ね?
私、何か失礼な事をしてるのかしら?間違ってる?…確かに、教養として叩き込まれただけで、実践はないのよね…
「ティナ、私の知る〈魔女殿〉は、…言い方場悪いが、傲慢でプライドが高い。」
「は?」
横から王子が苦笑いをしながら話に入ってきた。
傲慢でプライドが高い…?
「正直、王族である俺にすら、ティナのように話をすることはないな。王に対して…は、流石にそれなりの対応だが。少なくとも、ティナの言う〈教養〉を目にすることはない。」
「…は…?」
「そして、それが許されるのも、俺達の知る魔女サマだ。」
は!?
他国の王族にもそんな対応なの!?馬鹿なの!?
「特に、〈スピカの魔女〉サマは、国において国賓扱いだ。王ですら尊重し、下手な扱いは出来ん。…それに、魔女サマ方はイメージとしては個せ…自由な人物が多い。まぁ、今回同行してくれていた魔女殿は、珍しく優しい…良い方だったが。…それでも俺より上の立場にあたる。魔女サマから丁寧に話をされる、なんぞ、皆、経験がない。」
なるほど…教養として叩き込まれても、他国に対しての対応は選民意識が勝ったのか。そして、その対応に誰も疑問を持たなかったのね。
…最初に不思議な顔をされたのは、結界についてではなく、これが原因か…
「それは…お恥ずかしい限りですわ…。同胞の非礼、私からお詫び申し上げます。」
「いや、こちらこそすまない。本来ならば、最初に言えば良かったのだな。最初からこちらを尊重してくれていた故、気付かなかった。…申し訳ありません、偉大なるスピカの魔女であらせられるティナ様におかれましては、私の方が度重なる非礼を致しました。どうぞ、お許し下さい。」
「うぇ!?あぁぁあ!やめてください!王子様に跪かせるとか本当にやめて下さい!!!」
「お許しいただけますか、ティナ様?」
跪いて手をとって、額に…ちょ、それ最上級の謝罪…っ
王子様に下手に出られるとか本当に心臓に悪いから!!こっちは庶民育ちなのよ!!!
「やめて!!!!」
悲鳴のように叫んだのが良かったのか、最初からわかっていたのか、ギルバート様が笑いながら立つ。
「いや、申し訳ない。…ここはひとつ、俺達は対等である、ということでどうだ?」
「…私としては畏れ多いのですけれど…」
「それを言うならば、私も改めますが?」
「…わかりましたから、やめて下さいませ、ギルバート様…」
ギルバートで結構ですよ、と、キラキラした笑みでこちらを見てくる王子様は、なかなかに憎たらしい。
そもそも私に対して最初からそんな対応してなかったじゃないの。私が嫌がるって気付いていたくせに…。あぁ、だからスピカ出身、と言ったときに愕然としていたのね。
「…ギルバート、私達は対等、なのですわよね?」
「ええ、もちろんですよ?」
「その笑顔、やめてくださる?…なら、言葉も普段通りで構わない?下町育ちには結構疲れるのよ。」
「おっ、それはぜひ歓迎する!…ちなみに、俺も今までと同じ、〈ティナ〉として接するから、不快だったら遠慮なく言ってくれよ?」
「もちろん。助かるわ。…これからずっとあの喋りとか、気が重かったのよね。」
「あー…まぁ、必要な時は仕方ないけどな…」
「そうねぇ…でも、少なくとも半月以上一緒にいる事になりそうでしょ?8日は旅になるのだし、これで気楽になるわぁ…」
やっぱりこの王子様、王族にしてはありえない程気安いわよね?
…でも多分、最初から私が萎縮しないように振る舞ってくれてたみたい。他の魔女の振る舞いが定着しているなら、なかなかにリスクのある対応だったもの。
…〈魔女〉ではなく、〈ティナ〉個人として扱ってくれていたのね。
「ま、改めてこれからよろしく?ティナ」
「こちらこそよろしく、ギルバート?」
お互い挑発的に笑って、握手。
うん、なかなかイイ関係、築けそうじゃない?