魔女の国と魔女の事情
「隣国…ですか…」
「あぁ、魔女サマ方には馴染みがあるだろう?」
この国は大陸の端にある。
隣国、といえば陸続きの『スピカ皇国』を指すし、反対は海だ。…まぁ勿論、海の先には国があるのだけれど。
この言い方だと、やっぱりあの国よねぇ…
「えぇ、まぁ…。」
スピカ皇国。
通称、〈魔女の国〉とも言われる、この世界で唯一と言っていい程に魔法で溢れる国だ。
そもそも、かの国には魔法の源となる泉があって、その水が国を潤し、浸透することで魔女や魔法使いの資質がある者が生まれるのだ。…まぁ、この辺りは秘匿されてたかしら?
とにかく、他国で魔法は珍しいものだし、ほとんどの魔女・魔法使いはかの国に魔法を学びに行く。魔女や魔法使いを通して、世界への繋がりが最も深く、世界一影響力のある国だった。
…25年前、突然すべての国境を封鎖するまでは。
「25年前、何があったのか、それは他国の者にはわかりません。特殊な結界が張られ、他国の人間は疎か、自国の魔女や魔法使いまでも帰国できない人が続出したと聞いております。皇国からの声明は、『我が皇国はすべて国交を制限し、魔女・魔法使いを受け入れない。また、黒髪・黒目は魔法の有無に関わらず入国を不可とする』…。」
その声明のおかげで、帰れないと嘆く魔女や魔法使いが溢れたのだ。それだけではない、当時はスピカ皇国に居た他国の者達も、帰国出来ない状態だったと聞いた。
…まぁ、魔女や魔法使い以外の一般人は早々に帰されたとも聞いたけれど…。
それが変わったのは、その14年後…今から11年前、皇国がまた突然声明を発表した。
「『国境を開放する。全ての人間と魔女・魔法使いには制限付きで入出国を許可する。しかし、黒髪・黒目の者は、いかなる場合でも入国を不可とする。』…制限の内容は、国内の情勢についての口外を不可にする呪い。それによって、依然として情報は流出していない…のですよね。」
呪いとは言っても、生死に関わるものと聞く。情報制限の徹底がされてる故に、今のあの国がどうなってるかわからないのよね…
「流石に詳しいな…そうだ、隣国であり、友好国であった我が国にも情報は入っていない。」
「ここは今でこそ辺境とはいえ、スピカ皇国に近いですからね。色々とお話は伺っております。」
「そうだな…。まぁその鎖国状態にある皇国だが、ここにきて、招待状が届いたんだ。」
「招待状?」
なんの?
「新皇帝の即位式らしい。」
「し、ん…皇帝…?」
それは…それ、は…かの国を治めていた方は…儚くなられたのね…
「皇帝が変わるなら、国交も復活する可能性が高い。それに期待している故に、王族が向かうことになった…んだが、聡い魔女殿は、ご理解いただけるか?」
「えぇ、突然に国交断絶なんて真似する国ですもの。情報もない、何をしてくるかわからない国へ、国王陛下が出向く訳にはいかない。」
「そうだ。俺の代わりはいるからな。」
随分とあっさり言うのね。言い方は悪いけれど、最悪の事態が起こっても…ね…
「だが、流石に父王も非道な方ではない。魔女の国へ行くのだから、と、魔法に精通した…魔女殿を付けてくれた。」
魔女不足のこの時代に?
仲睦まじいとは聞いていたけれど、王族方は本当に仲がよろしいのね。
25年前から、魔女や魔法使いはスピカ皇国に留まり、外部の者達は魔法の習得が不十分だ。正式に〈魔女〉や〈魔法使い〉と名乗れる者は、当時行動を面倒がった高齢者ばかりだと聞く。
…あら?という事は、ここに魔女がいないのは…
「気付かれたか?今現在、俺に魔女は付いていない。」
「…何かあって王宮にお戻りになったの?」
嫌な予感がする。
「いや…そうではない。その…
魔女殿は死んだんだ…」
「何がありましたの!?護衛はどうなさったの!!」
王族相手に怒鳴った私は悪くない。
そもそも魔女は医術にも精通してるのだ。いくら高齢とはいえ、病ではないだろう。
…そうなると、暗殺の類いか…
「あぁいや、暗殺などではない。などではないが…」
「…やましい事がおありで?」
歯切れの悪い王子だこと。
魔女が不当な扱いを受けた、ならば、私は同胞として報復に動かねば…
「その…箒から落ちたんだ…」
「は?」
…箒から落ちた?
王子が言うには、こうだ。
旅の道中、暇になった魔女殿は、魔女不足の昨今、魔法を見ることがない子供や大人相手に魔法を見せてやっていた。
辺境へ行けば行くほど、特に子供達は魔法に縁がなく、おおいにはしゃいでくれた。
子供もいない魔女は調子乗った。それこそ今では使う事なんぞない、夢物語の魔女のイメージに沿って、箒で空を飛ぶパフォーマンスをしていたらしい。
それだけなら気をつけていれば問題なかった。なかったが…魔女は調子に乗り過ぎたらしい。
箒の上で立ち…片足立ち〜♪だとか、Y字バランス♪なんてしていたらしい…
それも、齢89という、高齢で…。
まったく…なんてことなの…
「…なんと言うか…同胞がご迷惑を…」
「あぁいや、こちらこそ守りきることが出来ず…」
そりゃあ、微妙な雰囲気にもなるわよね?
国の大事に、本人が子に調子に乗ったせいとはいえ、替えのきかない魔女が死亡とは…
王子様と顔を見合わせて苦笑いをするしかないって…
「んん、まぁ、そういった事情でな。あと数刻でここを立たねばならんのだが、ティナ、君には魔女として隣国まで同行してほしい。」
「あら、無理ですわ。」
「!?」
いや護衛まで驚かないで頂戴。
助けてあげたいのはやまやまなんだけど、こればっかりは無理なのよね…
「ティナ嬢、ここから隣国までに魔女はもう居ない。事が事なんだ、命令してでも連れていかなければならん。…出来れば、自主的に同行してほしい。」
すぐに命令として、ではなく、あくまでお願いとして、ね。この言い方では脅迫でしかないのだけれど、王族としての精一杯の譲歩がここ…って事ね。
本当、王族としては優し過ぎるわね…でもごめんなさい、私も事情があるのよ。
「重々承知しております。ですが…かの国に、私は入れないのですもの。」
「…理由を聞いても?」
そんな顔しなくても、罪人とかではないのよ?もっと簡単な事なのよ。
「黒髪黒目なんです、私。」
「…は?」
黒髪黒目、なのよねぇ…
25年前から、今に至るまで、最優先で入国を拒否されている対象。だから、入りたくとも入れないのよー。
「…それだけか?」
「ええと…強いて言えば、私、正式な魔女ではございませんけれど、そこはご了承いただけます?」
「魔女ではないのか?」
「魔女に師事はしておりましたし、魔女の子でもあります。素質も充分と。ですが、正式な魔女になるには、かの国で儀式が必要なんですのよ。」
「…そんな話は聞いたとないが…」
でしょうね。
かの国の魔女の家系しか知らないでしょうし。
「私の両親は向こうの人間ですもの。」