辺境魔女と王子様
「…ご事情は重々承知しております。出来る事でしたら、私もお役に立ちたく存じます。ですが、残念ながら、かの国に私は入れません。」
「俺付きの者だ、適当な理由をつければ無理に顔を見せよなどと言えまい。大丈夫だ、身元はこちらで証明する。」
そうは言っても、流石に入国禁止令の出てる対象は入れないかと…。
そんな事を思いながら、何故こうなったのか思い出してみるーーー…
【身分詐称の辺境魔女殿】
カラーン…カラーン…カラーン……
「あら?3回…あの村に病人は居なかったはずだけれど…」
微かに聞こえる鐘の音は3回。3回鳴る鐘は追悼…。
ここから1番近い村で、誰かが亡くなったらしい。医術にも精通している魔女…私に助けを求めなかったと言う事は、急な事だったのだろう。
そう考えて、そっと祈りを捧げる。
「1度、様子を見に行った方が良いかしら…?」
もしかすると、村で病が出たのかもしれない。
最後に行ったのは1ヶ月以上も前…病なら村から助けを求めに来るだろうけれど…
村からここまでは、最短でも歩いて半日以上かかる筈だ。
ただし、うっかり迷えば1日中歩いても辿り着かないのが、この魔女の家。特殊な結界が張られたこの家は、本当に急ぎで必要としている人間なら最短で辿り着くが、急ぎでない人間には時間がかかるらしい。
入れ違いの可能性を考慮するなら…3日後かしら?ひとまずは代謝を促す薬でも煎じておきましょうか。
村人が来なかった場合の訪問日を決め、薬草の調合準備に入る。
馬特有の足音が微かに聞こえてきたのは、調合中だ。鐘が聞こえてから、3刻程後の事だった。
村人は馬なんて高級なものに乗らない。もしかして疫病で村が封鎖されていたの…!?
バタバタと調合中の薬草を放り出し、フードを被って外に出ると、立派な馬に乗った騎士様が1人、結構なスピードでこちらに向かって来ていた。
「貴殿が魔女殿かっ!?」
「えぇ!村になにかございましたか!?疫病っ!?」
「安心されよ!病ではないっ!大変申し訳ないが、説明の時間すら惜しい!村までご同行願う!御免!!」
「うきゃぁぁあっ!?」
「舌を噛まれぬよう、お気をつけを!このまま向かう!」
いやちょっと!?
今の私は無理に馬に引っ張りあげられたーーとは言っても荷物のように乗せられたーー状態だ。このまま走る馬に乗っているなど考えられない。
とはいえ、既に馬は猛スピードで走っているし、口に出そうとすれば舌を噛む。
今はただ、この、人に対するものではない行いを恨みながら、激しく揺れる馬から落ちないよう、フードが外れないよう、…吐いたりしないよう、耐えるしかないのね…
◇ ◆ ◇
「つ、いた…」
「も、申し訳ない、魔女殿。…そ、その、大丈夫か…?」
村に着いた私は、ヘロヘロだった。
申し訳なさそうにこちらに声をかける騎士はケロッとしているが、私は身体中が痛いのだ。
最短ルートで着いたとはいえ、無理な体制で数刻は走り通しだったのだ。
絶対痣になってるわ…
「…急ぎなのでしょう?早く案内を。」
「あ、あぁ…!感謝する…!…が、その…抱き上げても構わないだろうか…?」
「…今更だから、早く、案内を、して頂戴…」
村に着いて気が緩んだのか、私が女である事を思い出したのか、馬から降りたーー最早落ちたが正しい気もするーー私に、“抱き上げても良いか”などと聞いてきた騎士に、自分でも思ったより冷ややかな声が出たのは仕方ないだろう。
数刻の無体な真似をこれで不問にするのだ。多少無礼な位が丁度良い。なんなら呪いでもかけてやる。
こちらの本気が伝わったのか、物騒な思考を感じとったのか、騎士は僅かに身体を震わせ、魔女の期待に応えるべく動き出す。
…たとえそれが、どんなに情けない声で、弱々しくて、両手を騎士に向けて抱っこを強請る幼子のような様子でも、賢明な騎士殿は謝罪しながらそっと抱き上げたのだった。
◇ ◆ ◇
「随分と豪華な一行ね…?」
「あぁ、王子がいらっしゃる故、です」
村長宅の前に並ぶ、明らかに場違いに高級そうな馬車を見て漏らした呟きに返ってきた言葉に驚く。
王子ですって…?あぁ、確かにあの紋章は王家じゃない…何があったのよまったく…。
「何故王子様がこんな辺境に…?急ぎ、なのは王族の方になにかあってのことかしら?」
「詳しくは中で。王子が直接お話されますので…」
直接、ならば、最悪の事態ではないのね。王族が病に伏してる訳ではないのなら、あの急ぎ様はいったい…?
家、といえど、こんな辺境ではドアなど付いていない。必要ない。
門番のように入り口へ立つ二人の騎士を横目に、躊躇なく家屋へ入った騎士は、中にいる騎士へ目で合図すると、布で仕切られた奥へ声をかける。
中の騎士が3人…外が2人…計6人か。王族としては少ないかしらね。ならば皇太子ではない、とすると…継承権の低い第4か第5王子あたり?
「騎士ルーレン、ただいま辺境の魔女殿をお連れし、戻りました。」
「入れ。」
垂れ下がる布を割ってはいると、中には深い蒼色の髪をもつ、美丈夫がいた。
が、こちらをみて唖然としている…?
「…ルーレン、何故、魔女殿を抱き上げている…?」
あ、いやだ、抱き上げられたままだわ…っ!
「緊急でしたので、少々馬を急がせました。女性には負担だったようで…」
「あれが少々ですって!?」
「お前はあれを女性に強いたのか!?」
つい声をあげてしまったけれど、あれ、という事は、あの酷い運搬方法を知ってるんですね、王子様…。もしかして運搬されたお仲間ですか?
そして騎士ーールーレンね、覚えたわよ…ーー様?そっと目を逸らすのは、やらかしたと自覚がおありなのね…?
「うちの騎士が申し訳ない、魔女殿…!と、とにかく、楽な体勢で構わぬので、身体を休められよ…!ルーレン、下ろして差し上げろ!」
「はっ!…魔女殿、クッションに下ろします」
「ぇ、ええ、ありがとう…?」
なんというか、思ったより優しいのね?人の良さそうな王族だこと。
若干、あの運搬方法を知ってるが故の慌てっぷりな気もするけれど…
「まずは騎士が無体を強いたようで、申し訳ない。急ぎ魔女殿に頼みがあった故、迎えに行かせたのだが…」
「ご丁寧にありがとう存じます、殿下…?あの家へは、真に求める者しか辿り着けません。この村へも、私が知る限り、最短の道で到着致しました。急ぎの頼み、とは、本当に急ぎなのでしょう?どうぞ私めにお聞かせ下さいませ」
「…?あ、あぁ。助かる…」
一瞬不思議そうな顔をした王子様は、すぐに姿勢を正し、話し合いの姿勢をとった。
…不思議な顔は家の結界についてかしら?まぁ、魔女の家なのだから、そんなものだと納得して頂戴な。
「まず、私はギルバート。このフィルアードルが王、グルドール国王陛下の第4男子である。魔女殿…には、お名前を聞いても良いだろうか?」
「勿論ですわ、ギルバート様。私の事はティナ、とお呼び下さい。このような状態での御無礼をお許し下さいませ。」
ふうん、第4の王子様ね。
この国には王女含め8人のお子様がいらっしゃる。第4と聞くと丁度真ん中だけど…確か王女様方が第2、第3子だったから…この王子様は第6子になるのか。
「いや、構わぬ。そもそもがそこのルーレンが原因だからな。…名を教えてくれてありがとう、ティナ嬢。魔女とは名を語りたがらぬ…し、姿も見せたがらぬ。それくらいの知識は持ち合わせている故、安心されよ。」
「ご配慮頂いてありがとう存じます。…嬢、と呼ばれるには些か気恥ずかしゅうございますので、どうぞ呼び捨て下さいませ。」
魔女の知識がある、ねぇ。
名前はとりあえず聞いてみた、ってところかしら。どおりでフードを被った状態に反応しないはずだわ。…ありがたいことね。
それにしても、ティナ嬢…ね。ルーレン様について言葉が少し乱れたようだし、この人、結構チャラい気がする?
「では、ティナ?」
「はい、ギルバート様?」
あ、チャラいわ。
瞬間的にそう感じた。
確認の名前呼びじゃなく、呼びかけの名前呼びねぇ…つい名前呼びで返したけど、笑みが深くなったってことは、気付いたことに気付いたわね?
この人、王族にしてはありえない程に気安いわ。
「ちょっと本格的に困ってるんだ。助けてほしい。…ティナは隣国について、どれだけ知っている?」
よりにもよって、隣国…?