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2023/1/15 全文改稿
「おっかえり〜! 水サンキュー……ってあれ? 空なんだけど?」
「え? 飲みたいなら入れに行けば?」
「入れてきてくれるんじゃなかったの!?」
「コップを持ってきてあげただけでも感謝してほしいくらいですね」
俺と華村による地味な嫌がらせは、やつをただ混乱させただけだった。
「――で、朝練がどうとか言ってたけど、科学部を愛して止まないクレハと何の関係があるのか詳しく教えてもらおうか」
「俺がいつそんなことを言った?」
クレハのツッコミは今は無視する。
「ああ……そうだった。聞いてくれる? 俺、超困ってんの」
「あなたが困っているとかどうでもいいので、要点だけを述べてください」
「この後輩ちゃん、怖いね」
「いいから早くしろ」
二人とも怖いんだけど……とぼやきながら、やつは話し始めた。
「俺、吹奏楽部なんだけど」
「は?」
いきなり脳が処理しきれない情報が投下された。
なんて?
「吹奏楽……?」
「何の冗談……」
「冗談じゃねぇよ! 俺バリバリトランペット吹いてんの!」
しかもトランペットて。
笑いそうになったが、堪える。
似合わねぇ。
「うちの部さ……ルール的なのが結構厳しいんだよね。コンクールで金賞を獲るためにはルールを守らなければいけないつってさ。まぁ、銅しか獲ったことないんだけど」
駄目じゃん。
「その無駄に厳しいルールの中に……」
もう部員の一人が無駄にとか言ってる時点で、ルールが何の役割も果たしていないことがよくわかった。
「部内恋愛禁止っていうのがあんだよね」
「う……ん……?」
何だって?
「部内恋愛禁止ですか……」
華村も呆れた顔をしている。
「今まで多分、守られてきたはずなんだけど」
自信ねぇな。
ルール破ってるやついるだろ。
「今回、そのルールを破って部員同士でつきあっているやつらがいるという噂が流れた!」
いるだろうなぁ……
そりゃいるだろうな……
だって高校生だもの……
「噂が流れただけで、具体的な名前はあがっていない!」
わからんのかい。
「このままでは朝凪学園吹奏楽部の名が廃る! 今年の夏のコンクールで三年生は引退! 先輩たちに金賞をプレゼントするのだ! ――というわけで、俺が裏切り者たちを見つける役目に任命された!」
「――練習しろよ!」
俺と華村は声を揃えて叫んだ。
「うん、そうだよな。練習しろよ。俺もそう思う」
俺たちが取り乱したので、話は一時中断。
少し間を置いてから再開した。
「そんなことしたって何になるんだって言ったけど、聞いてもらえるどころか泣き出す始末で……ホラ……わかるだろ?」
森宮は俺に同意を求めてきた。
ああ……何となく覚えがあるわ……そういうの……
「仕方なく引き受けたって話なんだけど……その部内恋愛してるやつらを探そうにも全く手がかりがなくてさ。噂の出処すらわかんねぇし。けど、毎日報告を寄越せとあいつらは言うもんだから、しゃーなし偽のそれっぽい報告書書いて送ってんだけど」
逆にそれをできるのがすげぇな。
「妙な話ですね。話の出処もわからないのに、どうやって部内恋愛しているとわかったのでしょう?」
「だよなぁ。部活なんてクラス並みに狭い世界なんだから、すぐにわかってもおかしくないはずなのに……」
話はわかった。
……で……
「その裏切り者探しにクレハの力を借りようってか?」
「そう! 玖雅ならすぐに見つけられるかもって!」
キラキラした目で森宮は言うが、俺と華村がそんなこと許すわけがない。
「玖雅先輩の素晴らしいお力は、そんなくだらないことのためにあるのではないですよ!? 立場を弁えなさい!」
「大体、何をどうクレハの力を借りる気なんだ。魔女って何なのかわかってんのか?」
――と言いながらも、俺もよくわかってない。
「え、だって玖雅って人を服従させたりするの得意だろ。それで一人ずつ吐かせれば……」
「俺がいつ誰を服従させたって……?」
服従。
言い得て妙とはこのことか。
森宮め。なかなかやるじゃないか。
「絶対お前の頼みは聞かん」
「えぇ〜!? 何でぇ!? 俺的には褒めてんだけど!?」
どこがだ。
「くだらないことに俺を巻き込むな」
「そう言わずに助けてくれよ〜! そろそろ偽の報告書にも限界がきてるんだよ〜!」
そんなもの書くほうが悪い。
「人に頼らずちょっとはその脳みそを使え。お前のその脳みそは何のためにあるんだ」
「だぁ〜ってぇ〜」
「そうだ。もっと頭を使え」
「頭を使わないと脳みそ腐りますよ」
俺と華村もクレハに加勢する。
「俺には本当、どうしたらいいのかわかんないんだよ! お願い! 本当に一回だけでいいから! 今日の放課後、マジで練習見に来てほしい!」
必死かよ……
「約束な! 今日の放課後な!」
いや、誰も行くとか言ってねぇし。
勝手に約束すんな。
「あと、この話ここだけの秘密で! バレたら殺されるから!」
知らねー……
「ほんじゃあ、俺行くわ! マジでありがとな!」
誰も何も言っていないのに、森宮は勝手に決め、勝手に礼を言って、風のように走り去った。