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2023/1/15 全文改稿
翌日の昼休み。
友だち契約書ならぬ入部届にサインした俺は、実験室の隣にある、化学や生物の先生たちが控えている通称、化学準備室に連れて行かれた。
「……何で?」
入部届を一人で弁当を食っていた化学の菱川先生に提出すると、状況が理解できないという顔をされた。
怖いという印象が大きく、とっつきづらい菱川先生の意外な反応を見ることができた。
「荒波……お前は確か、助っ人専門だと聞いたが」
いつの間にか専門にされていた。
「まぁそうなんすけど……名前だけ貸してほしいって言うから……」
「私は納得いきませんが」
なぜか一緒についてきた後輩が口を挟む。
「お前がそれでいいなら何も言わんが。玖雅に強要されたわけではないだろうな」
「なぜ俺がそんなことをしなければいけないんだ。こいつが俺と友だちになりたいと言うから、その条件を与えてやったまでだ」
「……」
先生は、何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
「友だち!? どういうことですか、それは! 生徒会の人たちがムカつくから、この人を利用しただけですよね?」
「ちょっと待て。それこそどういうことだ」
詳しく説明してくれ。
「生徒会の人たちが嫌味ったらしいことを言うもんだから、先輩が言い返したんです。そしたら、その腹いせに、部員が最低三人いないと部としては認めないと言い出したんです。それまでは一人でも構わないという話だったのに!」
本当に俺、利用されただけじゃん――。
「まぁ……頑張れよ」
先生! 俺に憐れみの目を向けないでくれ!
「これで一件落着、科学部は安泰! あとは生徒会とかいうバカな連中をぶっ潰すのみ!」
何物騒なこと言ってんの!?
しかも先生の前で!
「腹減ったし、飯食いに行こうっと」
「あ! 待ってください先輩ー! 菱川先生! お食事中失礼しましたー!」
マイペースなクレハを追いかける後輩。
俺も慌てて二人を追いかけた。
混み合う食堂で何とか三人分の席を(俺が)確保し、飯にありついた……はいいが。
「生徒会から目をつけられてる部とか嫌なんだけど」
「ごちゃごちゃとうるさいやつだな。友だちやめたっていいんだぞ」
最早友だちとは……
「私だって嫌ですよ。でも、先輩の素晴らしい力を発揮できる場所がなくなるのはもっと嫌です」
お前は何のために部活をしているんだ。
「それなのに……こんな人のおかげで危機を免れるなんて……私、情けないです! 死んだおばあ様に何と報告すればいいのでしょうか!」
え? 何で俺、そんなに嫌われてんの?
「華村うるさい。黙って食べろ」
「申し訳ございません! 先輩!」
先輩の言うことに従順な後輩は、言われた通りに黙ってうどんをすすり始めた。
「あのさ……具体的に生徒会とはどう……」
「おいおいおい! 何のんきにうどん食ってんだよ、玖☆雅☆」
俺が生徒会のことを聞こうとしたら、その言葉は遮られ、うどんをすすっていたクレハの背中をどつくバカが現れた。
激しくむせるクレハ。
「おい、大丈夫かクレハ!」
「わ、私お水取ってきます!」
隣に座っていた俺はクレハの背中をさすり、後輩は水を取りに行った。
「あ、ごっめーん☆」
「……死ね……森宮……」
今にもそいつを呪いそうな声だった。
「今日こそ朝練絶対来てくれよって言ったのに、お前来てくれなかったじゃん!」
「お前が俺の睡眠を妨げていいと思ってるのか。二度死ね森宮」
「何それ。転生してもっかい死ねってこと?」
クレハは殺気立っているが、森宮ってやつは全く動じておらず、ヘラヘラしている。
クラスの連中とは大違いだ。
誰だこいつ、知ってるか? と、俺は後輩に目で尋ねるが、彼女も知らないらしく首を横に振った。
「なぁなぁ~頼むから俺を助けてくれよ〜玖雅っちぃ〜」
「鬱陶しい! くっつくな!」
何だ……何なんだ……
どいつもこいつもクレハのことを恐れて近づかないと思いきや、そんなことないじゃないか。
俺には馴れ馴れしくすることをひどく嫌がったくせに、なぜこいつは許されているんだ。
後輩も同じことを思っているのか知らないが、鬼の形相をしていた。
「先輩……そちらの方は……」
鬼と化した後輩は、何とか怒りを抑えつつ、尊敬する先輩に質問をした。
「あ、俺? 俺はこいつと同室なんだー。よろしくぅ! 二人は?」
「いや、あの。私は玖雅先輩に……」
「あれ!? 先輩てことは、君、玖雅の後輩ー!?」
「……」
後輩は諦めた。
お疲れ……
「俺は同じクラスで……」
「あ! 知ってる知ってる! 荒波だよな!? 有名な助っ人!」
「ああ……うん……まぁ……」
知ってるならもういいや……
「あのさー二人からも言ってやってくれよー! こいつ、朝全然起きなくてさー俺がいなきゃ今頃どうなってたことかー」
「……」
森宮は延々と、同室じゃないと知らないだろうなというクレハの話をし始めた。
何だろう。聞きたくないわけじゃないけど、こいつの口からは聞きたくなかった。
「……俺、水おかわりしてくるわ」
「私も……」
「あ、マジで? んじゃあ俺のもお願いっ☆」
「……」
俺と後輩は聞くに耐えず、一旦席を離れることにした。
「俺さ……あいつは何も悪くないのに、クラスで浮いてて可哀想だなって、ちょっと思ってしまったんだよな。せめて俺だけでも理解者になれたらって、そんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、友だちになれるのは俺しかいないとか、恥ずかしいけど謎の正義感が芽生えちゃったんだよな。教頭先生にもお願いされたし。調子に乗ってたのかも」
「そうだったんですか……」
いつもなら噛みついてくる後輩が、今は共感してくれた。
「お前は?」
「私は……先輩をすごく尊敬しています。同じ魔女として。同じと言っても私なんて大した力はありませんが……先輩は気高く、素晴らしい方だと思っています。周りの人に先輩の素晴らしさを知らしめてやりたいとさえ思います。ですが……」
俺たちは黙った。
自分たちが座っていた席のほうを振り向くと、あの森宮とかいう男子がクレハにまだしつこく絡んでいた。
クレハは至極鬱陶しそうにしているが……
俺たちはずっと勘違いしていたのだ。
クレハは一人ぼっちなんかではなかった。
俺たちだけが、クレハの理解者ではなかったのだ。
俺たちは、奢り高ぶっていた己を恥じた――。
しかし、だ。
「あいつだけは受け入れられねぇな……」
「ええ……同感です。荒波先輩」
「わかってくれるか、華村後輩」
俺たちはこのとき、森宮を倒すべく同盟を組むこととなった。