5
2023/1/13 全文改稿
仲良くなりたいという気持ちは俺の一方通行で、向こうにその気はないらしい。
教頭先生にもああ言われた手前、何とか親交を深めたいが、相手がああではどうしようもない。
しかも、あの得体の知れない後輩とやらがなかなかの曲者ときた。
困ったもんだ……
ため息をつきながら、自分の教室に入ろうとすると、中から委員長が出てきてぶつかりそうになった。
「あ……荒波君……」
「おう。委員長」
彼女は若干気まずそうだった。
俺も今会いたくなかった。
じゃあ。と、さっさと別れようしたがそうはさせてくれなかった。
「荒波君ももう帰るの?」
「いいや。サッカー部から助っ人頼まれてるし」
嘘じゃないけどとっさに嘘をついた。
サッカー部から助っ人に来てほしいと言われているのは本当。
でも、今日は顔を出すつもりはない。
「そ……そっか……荒波君忙しいもんね……」
少し残念そうにしている委員長を横目に、俺は自分の席に鞄を取りに行く。
「そういう委員長は? 部活とか行かなくていいのか? てか部活入ってたっけ」
「……えっ」
委員長は驚いたような声を出した。
……俺、何かおかしなこと言ったか?
「わ……私……一応バレーボール部なんだけど……その……知らない……?」
……知らねー
「ごめん。初めて知った」
「そ、そうだよね……」
そして落ち込んだようにうつむく。
何なんだ。
「バレー部なら早く行ったほうがよくないか? 掃除当番だったとは言え、あんまり遅くなるとみんないい顔しないと思うけど」
「うん……」
だが動こうとしない。
何がしたいのかよくわからん。
「俺、もう行くから」
「ま、待って!」
何だよ! まだ何かあんのか!?
と、口には出さなかったが、顔には出ていたかもしれない。
「な、何で私のことは無視するの? 玖雅君のことは気にかけて、私のことは放っておくの?」
「は……? 委員長何言ってんの……」
様子がおかしい。
どうしてクレハの名前が出てくるんだ。
委員長のこと、無視なんてしてないし……
「私だってこんなに大変な思いをしてるのに!」
「ちょ……ちょっと待てって。何言ってるのか全然わからないんだけど……」
委員長の勢いは止まらない。
俺がいくら何と声をかけても耳に入っていないようで、「私が」「私は」と、自分のことばかり繰り返す。
どうしちゃったんだ、委員長!
「――鈍いやつだな」
困り果てているところに、救世主と言うべきか。
「クレハ!」
俺を追い払ったクレハとあの後輩が、いつの間にかそこにいた。
「玖雅……君……?」
委員長は亡霊でも見るかのように、クレハたちを見る。
「何で玖雅君が……。いつもいつも私の邪魔ばかり……」
「邪魔なんてした覚えないが」
「成績だって……いつも玖雅君が一番……私が一番にならなきゃいけないのに……」
今度は成績のこと?
委員長の情緒が不安定すぎる。
「魔女が何なの!? 何がそんなに特別なわけ!?」
「お前は成績がどうとか言う前に、もっとちゃんと授業を聞いたほうがいいと思うぞ、生駒佐和子」
クレハが彼女の名を呼ぶと、またさっきのように委員長は直立不動になった。
「気に入らないならもっと努力しろよな。俺に当たるな。――お前はもう家に帰れ。帰るべき場所に帰れ」
実験室にいたときと同じように、委員長はゆっくりと外に向かって歩いていった。
わけがわからなかったので、解放されて安心するが……
「お前……委員長を操ったのか」
「その前に言うことがあるだろ。助けてくれてありがとうございますは?」
こいつ……
「……助けてくれてありがとうございます……」
「心がこもってないな」
まず助けてくださいとも言ってないからな!
心がこもってないのも当然かと!
「別にお前なんて放っておいてもよかったのになぁ。おかげでとばっちりにあうし」
「わかったわかった。感謝してますってば」
でも、何で俺を追い払っておきながらここへ来たんだ?
「先輩の優しさですよ」
お前が偉そうにすんな。
「それと私の優しさでもあります」
だから何なんだよお前はよ……
「先程あなたも聞いていたでしょう。私はあの委員長という方から、良くない気配を感じ取りました。そして、先輩は彼女に靄のかかった未来を見た。そこから、彼女があなたに何かするのではないかと予測してこうしてやって来てあげたというわけですよ」
「おいコラ。人の推測をさも自分で考えたかのように言うな」
クレハの考えかよ。
「未来が見えるとか言われると勘違いされるから説明してやるよ」
仕方ないといったふうにクレハはため息をついた。
「あのクソババアが言うように、魔女は少し先のことを見る力がある。ただ力には個人差があり、何となくちょっと勘がいい程度のやつが多い」
未来が見えると言うとすごく夢のあるように感じたけど、実際にはそんなもんだったのか……
「俺の場合は、自分ではコントロールできない上に、突然少し先に起きることを強制的に見せられる。しかも、高確率で良くないことを」
「……例えば?」
「お前が交通事故に遭う。とかな」
嫌な例えだな……
「でもそれがわかれば、防げるんじゃないのか?」
「防げるときもあれば、防げないときもある」
「それって……」
察しはついた。
「そう。いつどこで起こることなのかまではわからない。数秒後に起きることもあれば、ずいぶん先のこともある。だからそんなもん見せられても正直迷惑してるんだよな」
「それで……委員長に何か悪いことでも起きるのか」
そう言ってから俺は違うなと気がつく。
後輩は、委員長が俺に何かするのではないかと言っていた。
じゃあ、俺の身に何かが――……
「お前の未来なんて見えちゃいないよ。俺が見たのはあくまで生駒佐和子。けど、さっきも言ったように靄がかかって何が起こるかまではわからなかって」
「じゃあ何で助けに来てくれたんだよ」
そう言うと、二人は顔を見合わせた。
「だからお前は鈍いんだよ」
いやいやいや……お前が俺の何を知っていると言うんだ。
「先輩、この人本当に気づいていないのでしょうか」
「気づいてないな。だがこちらからわざわざ言ってやる義理もない」
おい! 教えろよ!
「こいつが生駒に何か纏わりついているような感じがすると言っていただろう。俺の見た靄がそうなのかもしれない。風水ぽく言えば、あいつはずっと嫌な気に包まれているという感じか。それが悪化して、お前に攻撃でもするんじゃないかと考えたってわけさ。実際に絡まれただろ」
確かに絡まれた……な……
「良かったな。その程度で済んで」
良くはない。
「どちらかと言えば俺のほうが被害者だ。お前が俺に近寄るからあの女は拗らせたんだ」
ブツブツとクレハは文句を垂れる。
委員長もクレハがどうとか言ってたけど、クレハがどう関係してくるのかがわからない。
「俺がただ毎日ボーっと座って一日をやり過ごしてるとでも思ったか。こっちはいつでもお前らを呪えるようにクラス全員のフルネームを把握し、観察してんだよ。だからあいつが俺に対して、勝手にライバル心を抱いていることくらい気づいてた。ストレスは次第に大きくなり、今日ついに、お前が爆発するきっかけを与えてしまった」
「ま、待ってくれ。全然わからないんだけど」
あと、さりげなくやべぇことを言わなかったか?
「わかんないけど、その話の通りにいくとクレハが攻撃されるんじゃあ……」
「あの女だってそこまでバカじゃない。俺に立ち向かったって、敵うはずないってことはわかっているはずだ」
……俺なら簡単に倒せるとでも言いたいのか。
「俺は魔女だ。あいつはそれに対して恐怖心を抱いている。俺にどうこうするより、お前にアクションを起こすほうが早い。だって、お前に見てもらいたいんだから」
「……俺に……?」
何でだ。
何で俺なんだ。
「先輩……この人、まだわからないようですよ……」
「自分で気がつくのは無理だな」
だから、何がだよ!
「あとは好きにやってくれ。俺はもう帰る」
置きっぱなしだった鞄を引っつかみ、クレハは足早に教室を出て行った。
「え〜! 先輩〜! 部活はぁ〜!」
「知らん。勝手にやってろ」
「そんなぁ!」
嘆く後輩にもお構いなしだ。
一応「じゃあな」と後輩に声をかけて、クレハの後を追う。
ついてくるなとは言われなかったので、一緒に校門を出たが、帰る方向は同じのようだ。
もしや。
「クレハも寮?」
この学校は全国各地から生徒が集まってきているので、寮生活を送っている者がいる。
――俺もその一人だ。
入寮は強制ではないので、自宅通いの生徒ももちろん多い。
「一緒に帰れるな」
俺の言葉は当然のように無視された。
「同じ寮に住んでるのに全然気づかなかったなんて」
「――お前もしつこいやつだな」
無視されても喋り続けてやろうと思った矢先に、早くもクレハは折れたようだった。
「ババアに言われたからって、忠実に守ることはないだろう」
「先生に言われたからとかじゃなくてさ……言ってるだろ。友だちになりたいって」
「そんなことしたら、周りから何を言われるかわからないぞ。お前たちはすぐ人の目を気にするだろ」
お前たちはって……なんかいちいち他人事なんだよな。
そういうお前は違うのかと言いたいが。
「生駒のこともあるし」
「俺たちが友だちになるのに委員長関係ねぇだろ」
そう言うと、哀れな者を見るかのような目で見られた。
「わかった。お前は俺が魔女であることにあまり興味なさそうだし、友だちになってやらんこともない」
喜んでいいのかこれは。
「ただし、条件がある」
「……条件付きの友だちとか嫌なんだけど……」
友だちと呼べるのか、それは。
「嫌ならこの話はなかったことに」
「その条件とやらを聞こうじゃないか」
不本意だけど、やむを得ない。
「はい、これ」
渡されたのは一枚の用紙。
一行目に太い字で『入部届』と書かれている。
部活名は『科学部』。
「……何これ?」
「見ればわかるだろ」
わかるけど……
科学部なんてうちの学校にあったのか。
知らなかった。
クレハとあの生意気な後輩は、この科学部に所属しているということはわかった。
「科学部に入部するのが条件てこと? あのさ、俺、色んな部活の助っ人やってるんだけど……」
「そんなこと言われなくてもわかっている。部活に参加しろとは言っていない。名前を貸せってことだ」
「はぁ。それならまぁ……」
頷くと、満足したのかクレハは機嫌良く鼻歌なんて歌いだした。
えーと……これで俺たちは友だちってことでいいのか?
ちょっと納得いかないけど……